物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

『夕暮れライト』みたいに、帰りたい家があるっていいな

ごくごく普通のなんの変哲もない家に生まれて、わたしにとって家は、「帰りたい場所」だったかというとそうでもない気がする。むしろ、学校とか遊びとか、「行きたい」の気持ちの方が圧倒的に強くて、思い入れのほとんどは家の外にあった。今の一人暮らしの家は大好きだけど、「誰かがいる家」とはやっぱり違う。
夕暮れ時になって、日が沈んできた町に、ぽつぽつと家の灯りがともる。それを見ていたら帰りたくなる――そんな瞬間をテーマに書かれたのが宇佐美真紀さんの『夕暮れライト』(全5巻)だ。

夕暮れライト(1) (フラワーコミックス)

父親が再婚を考えている相手が住むマンションに引っ越してきたちなみは、再婚相手の娘・和音と、和音の隣に住む相馬兄弟に出会う。再婚相手と和音を家族になれる人なのか見極めようとするけれど、逆に相馬兄弟がちなみのことをリサーチしてくる。

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和音を守るために警戒する相馬兄弟(1巻69ページ)

はっきりものを言う性格で一人になっていたちなみと、控えめで大人しいせいで一人でいる和音。余計な仕事を押し付けられていた和音を守って啖呵を切ったちなみに、和音は惹かれていく。強がってなかなか素直になれないちなみも、和音と姉妹になることを嬉しく思うようになる。相馬兄弟も和音を守ったちなみのことを認めていって、4人は微妙なバランスの中で仲を深めていくけれど……。

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啖呵を切るちなみ。こういうこと言ってしまうのが分かる人には絶対ささる(1巻49ページ)

 

いきなり、この間まで知らなかった人と家族になるのは、簡単じゃない。恋をするのも、簡単じゃない。うまく言えない言葉や、傷つけないために飲み込んだ気持ちがあって、そんなとき、隣にいてくれたことは、きっと、その人を信頼するには充分だ。

日が沈むまでただしゃべったことや、教科書に落書きしあったこと、同じ音楽が好きだったこと。手をつなぐとか抱きしめるとかそんなことしなくても、その日の嫌なこと全部ふきとばすくらい嬉しい小さな瞬間があったことを思い出す。宇佐美さんの描くときめきは丁寧でとても好きだ。

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雄大との河原。(1巻43ページ)

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奏多との河原。(3巻96ページ)

柔和だけれど陰のある兄の奏多、強くて優しい弟の雄大。タイプの違う兄弟に振り回されながら読むのもやっぱり少女漫画の醍醐味。恋愛がどうなっていくのかはここではネタバレしないけれど、宇佐美さんの描く絵は品があって綺麗で、男の子には上品な色気があって、腕や手とか、大雑把にきたTシャツまでかっこいい。

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少女漫画のときめきってやっぱり絵も大きい(1巻124ページ)

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扉絵は本当にどれも可愛い、この手最高だ(2巻6話扉絵)

 

誰かに会えるから、家に帰るのが楽しみになるのっていいなあ。きっと悲しいことがあっても、またちゃんと帰りたくなる。隣にいてくれる誰かが、自分の大好きな親友と頼りになる男の子だなんて最高だ。ほっこりして、時々じんわり涙がにじむ。これからの空気がひんやりしてくる季節、ほっとしたい人はぜひ。 

夕暮れライト 1 (フラワーコミックス)

夕暮れライト 1 (フラワーコミックス)

 

インテリ男子が好みの方には宇佐美さんの『ココロ・ボタン』もおすすめ!

 

大切な人に贈りたい、まるで球体のような美しく完璧な全11巻『四月は君の嘘』

「あまり知られていないニッチな作品を少しでも広めること」はレビューを書くときにやりたいことのひとつではあるけれど、名作中の名作というのもまた、書いておきたくなる。『四月は君の嘘』はそんな作品だ。まるで球体のような、美しい映画のような、完璧な全11巻。先日、番外編を収録した『四月は君の嘘 coda』が発売されて、力を抜くつもりで手にした短編たちにも泣かされそうになってしまって驚いた。「漫画って面白いの?」という人がいたら、「漫画なんて読んで!」と怒るお母さんがいたら、ぜひ薦めたい名作だ。

四月は君の嘘(1) (月刊少年マガジンコミックス)

主人公の有馬公正は、かつて有名コンクールで数多くの優勝を手にした天才ピアニスト。その演奏は緻密で正確。“ヒューマンメトロノーム”や“操り人形”と揶揄された彼は、母親の死の直後、11歳でピアノが弾けなくなった。自分の弾くピアノの音だけが聞こえない。これは罰だ――。ピアノを弾かなくなって3年、色のない世界にいるように暮らしてきた公正の前に現れたのは、天真爛漫、奇想天外、でも輝いている、美しきヴァイオリニストの女の子、宮園かをりだった――。

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(2巻25ページ)

 

ボーイミーツガール、主人公の成長の物語、そういう枠組みで話せばまさに王道のど真ん中にいるような作品だけれど、この作品が丁寧に編み込んでいる文脈のようなものが、表現の豊かさが、その王道を陳腐にしないで輝かせている。

作中に登場するかをり以外の人物にも、生きるために必要としているものがあり、自分を奮い立たせるものがあり、それを支える出会いがある。出会いの中でなぜか綺麗に見えた景色があって、忘れられない瞬間がある。普段だったら言葉にしないで持っている記憶の中のきらめきみたいなものを全部描かれているような気がしてしまう。わたしはこの気持ちを知っている、と思うと泣きたくなる。巻を重ねるごとに公正とその周りが変化して、どんどん作品の色が鮮やかになっていくのがすごい。

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何気ない日常のシーンが記憶に残る(6巻68-69ページ)

 

中でも圧巻なのが、演奏シーン。漫画では当然ながら、音楽は鳴らない。クラシックに詳しくない読者からすれば、サン=サーンスだの平均律だの言われても、どんな曲なのかさっぱり浮かばない。曲もわからないのに演奏シーンが続くのは退屈かと思いきや、そのコマの流れやその間に入る聴衆の表情がドラマティックで、ものすごく迫力がある。

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(2巻40-41ページ)

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(2巻82-85ページ)

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見開きの大胆な一枚絵、美しい比喩(4巻90-91ページ)

 

この作品の特徴のひとつが、見開きで描かれたページが多いことだ。演奏シーンはその割合が格段に増えるけれど、日常シーンにも登場する。ほぼ中央に来ているコマの線さえ若干斜めになっていたり、視界の広い空のコマが大きくなっていたりする。景色や動的な印象がコマによって迫ってくる。こうして美しい作品ができるのかと思うと惚れ惚れする。

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真ん中の線でもページごとに分けずに斜めになっている(4巻82-83ページ)

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人の切り取り方と、大きな頭上の星空(3巻98-99ページ)

 

「表現をする人、モノをつくる人はみんなこう考えると思うんです」(『公式ガイドブック 四月は君の嘘 Prelude』に収録の新川直司インタビューより/18p)と著者が言う通り、作中には何度も表現する人の苦しみと覚悟が出てくる。「あの瞬間のために生きている」と思えるものがあることの幸福と厳しさを背負っていくのは辛いことも多いけれど、絶対に絶対に楽しい。この刺激の中で生きることに取り憑かれた人はそれを忘れられない。舞台に立ったことのある人には、スポットライトを愛する人には、特に手にしてみてほしい。

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(2巻136-137ページ)

 

物語は、かをりの病気と公正の変化を中心に進んでいく。個人的には完結が素晴らしい作品が好きだし、この作品はまさにその代表例だ。公正が最後につまずきそうになったとき、公正を救ったものに一番揺さぶられた。そう、演奏家はステージに立って弾き続けなければならないし、人は辛くても生き続けていく。ぜひ最後まで見届けてほしい。きっと本棚にずっと置かれる作品になる。

四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

 

 

原作の最後までを忠実に描いたアニメ版のカバーのコンピレーションCDが出ているので、そちらをかけながら原作を読むのもおすすめ。アニメ版で音楽を聴いてみるのもおすすめ。

四月は君の嘘 僕と君との音楽帳

四月は君の嘘 僕と君との音楽帳

 

今週のお題「プレゼントしたい本」

タイでの性別適合手術の一部始終のやさしい衝撃、『僕が私になるために』

話題の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』のタイトルが多くの人に衝撃を与え興味をひいたように、「性」に関することは、やはり関心分野として強いのだと思う。同じ性別同士でも他人と同じかどうかは確かめづらいし、異性となればもっと謎だらけという部分も、その関心の理由のひとつではないかと思う。

昨今話題として上がる頻度が高まっているLGBTに関しては、より「知らない・分からない」ことが多い。そんな「謎」のひとつである性別適合手術の一部始終をエッセイとしてコミック化したものが平沢ゆうなさんの『僕が私になるために』だ。

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

ニュースなどのLGBTに関する情報からすると、著者の平沢さんが何かしらに悩んだであろうことは想像に難くないけれど、そこで身構える必要はない。可愛くて愛らしい絵とテンポの良いストーリーと絶妙なコメディ具合で、重くなりすぎないように丁寧に作られている作品だ。

著者が手術に向かったタイはかなりの数の手術が行われているらしく、著者も驚くほどスムーズにスタッフや看護師のアテンドがある。みんな慣れていてノリノリで、読んでいるこっちも著者と一緒に体験したかのように衝撃を受けさせられる。こんな風に。

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(17ページ)

す、すごい!選べるのか!!

むしろ女性として生まれた女性は選べない(いや、もしかしたらそういう手術もあるのだろうけど)わけで、なんとも想像がつかないけれど、その後の性交渉のことを考えると、一度しかない手術で希望を叶えられるのはいい気がする。でも、とはいえ、希望出したところでそれってどうやってつくるの!? と読者は思う。そんな疑問にも、丁寧に解説で応えてくれる。

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(47ページ)

食品で例えての解説、わかりやすいけど、なんか逆に見ちゃいけないような気になる!!(汗)

もちろん、手術のシーンだけではなく、カミングアウトのときの辛さや精神的な悩みにも触れている。フラットで手に取りやすく書いてくださっているけれど、面白おかしくしているわけではない。

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(35、36ページ)

物語は、手術後日本に帰ってきたあとまで触れられている。戸籍変更で裁判所に行かないといけなくて、「事件番号○○の〜」って言われるのに驚いた。ただの扱い上の言葉なのだろうけど、そういう少しずつのことが、当事者の気持ちをすり減らすのかもしれない。

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(113ページ)

きっと、同じように手術を受けた人でも、その悩みや感想は千差万別で、この著者と同じとは限らないと思う。でも、その例のひとつひとつを、こうやってフランクに、フラットに教えてくれることって、とても貴重だと思うのだ。私も同性愛者の友人が「男性を好きな男性にも色々なタイプがある(お化粧や手術等で女性に近づいたりなったりしたいと思うか否かなど)」と解説してくれるまで知らないことだらけだったし、「あの〜……」と聞くのもなんだか失礼にあたる気がしてしまって聞けなかった。

そう、聞けないことだらけなのだ。そのタブー感がある中で、こうして作品として楽しく読ませてくれること、すごくありがたいなあと思う。友達になっても、何が失礼なのかわからないと発言しづらかったり、逆に発言しないと永遠にお互いのことがわからないから。こうして少し糸口があるだけで、たくさんのことを知ることができる。まさに、驚きの連続、知らないことだらけの1冊なのだ。きっかけは、他意なく興味本位でいいと思う。ぜひ手にとってみてください。
 

僕が私になるために (モーニングコミックス)

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

 

死にたいと願う不死身の女性が出会った特別な悲しみ――『兎が二匹』

読むたび何度でも鳥肌が立つ作品がある。山うたさんの『兎が二匹』。孤独と寂しさを抱えた二人の物語だ。

[まとめ買い] 兎が二匹

 

不老不死の体を持ち、398年生き続ける女・すず。彼女と同居している青年・サクの日課は、彼女の自殺ほう助だ。首を絞めたり、刺したり、サクは毎日泣きながらすずを殺すが、彼女は決して死ななかった。

サクは、親に捨てられた自分を拾ってくれたすずに恋心を抱くようになり、すずは、サクもまたあっという間に死んでしまうこと、サクの人生を自分が邪魔することを恐れるようになる。そして彼女が選んだ道は、国に死刑にしてもらうことだった。

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(1巻6ページ)

もしすずのように「死ねない体」になったら、何を目的にして過ごすだろう。どんな飢餓でも、全身が焼けても死なない。普通であれば年齢とともに人生のステージがあって目標ややりたいことや楽しみがある中で、80年なんてとうにこえて400年を生きていたら。そう考えると、人生の時間が限られているからこそ駆り立てられる何かがあるのではないかと思えてくる。

ただ時間が長いだけではなく、周りがどんどん変化していく中で、自分に変化は訪れない。何人もの好きな人が死んでいき、少しでも長く一緒にいれば、年を重ねないことを不審がられる。人とのつながりがあれば生きていけるような気になるが、すずにとってはそれも苦しみのもととなった。

そして、彼女は「死なないだけ」だ。食料がなければお腹がすくし、首を折れば痛いのだ。いっそ何も感じなければ人目につかないところで眠り続けてもいいのかもしれないけれど、死なない以外の感覚は、他の人と全く変わらないところが酷くつらい。食べなくても死なないけれど、お腹がすく。周りの人間は、お腹がすきすぎれば死んでいった。この状況でラッキーだと思える人はそういないだろう。

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(1巻15ページ)

 

すずの苦しみが爆発するかのような自殺シーンは何度見ても衝撃的で、生首になっても数分で生き返る。生き返ると分かっていても、ほう助するサクは大泣きする。死んでしまうから悲しいのではなく、すずが「死にたい」と思っているから悲しい。こんなにすれ違った愛はない。お互いのことが大切すぎて、どんどん離れていくなんて。

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(1巻19ページ/2巻68ページ)

なんと1話で、国の死刑でも死ねずに町に戻ったすずは、サクの死を知ることになる。そこでこの悲しい物語は短編として充分美しくて、完結しても良いくらいに思えるのに、全2巻で続くその先の物語は、それ以上にもっともっともっと美しい。この結末は、ぜひネタバレなく読んでみてほしい。

江戸の飢餓や原爆を落とされた広島などのディテールがつくる重みがすごい。すずがものを何百年も生かし続ける骨董の修理という仕事を生業にしていることも。400年分の風景を背負い、生き続けてきたすずが進む先とは。全部読んでから、このタイトルの秀逸さも分かる。また手放したくない作品に出会った。この方の次の作品も絶対に読みたい。

 

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

 
兎が二匹 2 (BUNCH COMICS)

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試し読みはこちらから。

yamauta.o0o0.jp

「天国に一番近い恋」は、涙もカラフルに見えそうなくらいの元気をくれる『きょうのキラ君』

アオハライド』『オオカミ少女と黒王子』などなど、近頃ヒット連発の少女漫画の映画化。次の作品として映画化が発表されたのがこの作品、『きょうのキラ君』。山下智久さん・小松菜奈さんによる『近キョリ恋愛』に続いて、みきもと凛先生2回目の映画化だ。

きょうのキラ君(2) (別冊フレンドコミックス)

 

学校では隅にいて人と目を合わせないようにしている少女・ニノンは、家が隣で不良グループの中心にいる「キラ君」が、余命1年ほどであることを知る。怖いと思っていたキラ君が、寂しさと戦いながら小さな日常を大事にしていることを知って、ふたりは徐々に心を通わせていく。

天国に一番近い恋。

なのに、しゃべる鳥が出てくる。

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(1巻11ページ)

このあたりで「!?」となった方はそのまま突き進んでほしい。病気ものだとつい、重い話、つらい気持ち、戦いの日々、病状や死へのリアリティを想像してしまうし重視されがちだけれど、この作品の一番の魅力は、病気ものである以前に「王道少女漫画」であり、少女漫画である以前に「みきもと凛ワールド」だということなのだ。ここでそれ!? と突っ込まずにはいられないパロディギャグ健在、登場人物の変人っぷりも健在の、もう本当にこの人にしか描けない作品になっている。

キャラの濃い人を紹介しだしたらキリがないのだけれど、例えばキラ君のお父さんは「きゃっ」とか言っちゃう謎の美女。このぺろって舌を出す感じの人がいっぱいいる。でも、こんな風に、胸の奥に抱えているものがある。コメディで、ギャグで、でも、しっとりもうるうるもある。

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(2巻27・32ページ)

 

不思議なことに、これでいいのだ、という安心感がある。病気ものであることを忘れそうなくらいふざけた人たちが多いことも、病名が明かされないまま完結していて病気自体を描いているわけではないことも。前を向かせてくれるどこかプレゼントのような作品。きっと「最後の1年」を授かったなら、こんな風にきらきらして過ごしたい。楽しいことや美しいものを探して、好きな人に出会って、いっぱい感情を揺らして。現実には簡単なことではないかもしれないけど、限られた時間の過ごし方を描いた作品としては、最大限の解答に思える。重たーい話を展開するより、こっちのほうが難しいんじゃないかと唸ってしまう。

もちろん、少女漫画らしいときめきシーンもたくさん。そして個人的には、みきもと先生の描く女子の可愛さにくらくらしてしまう。たまにいる、瞳に吸い込まれそうな女優さんみたいに、目が綺麗で、愛らしくて、ヒーローがかっこいいよりもそっちにときめいているかもしれない。少女漫画は絵柄へのときめきも好きになる要素の大半になると思うから、印象に残したい表情が本当に印象に残るのが好きだ。

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(2巻154ページ)

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(2巻114ページ/女の子がめちゃくちゃかわいい)

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(1巻65ページ/キラ君の表情も印象的)

 

一時期の純愛旋風を巻き起こした『世界の中心で愛をさけぶ』のように、たびたび恋と天国は近くなる。題材としてはむしろ王道だけれど、読むと切ないというより、元気になる。涙もカラフルに見えそうなくらいの、きらきらした日々。映画前にぜひ。

 

近キョリ恋愛 DVD豪華版(初回限定生産)

近キョリ恋愛 DVD豪華版(初回限定生産)

 

みきもと先生の現在の連載はこちら。カバーがいつもかわいすぎてきゅんとします。

www.cinemacafe.net

自分に構築された考え方とひたすら向き合って戦う10年間――『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

pixivで話題となった「レズ風俗レポ」が書籍になって刊行されました。わたしはレズビアンではないけれど、pixiv掲載当時、その響きにはなんだか惹かれる気がして、本当に興味だけで覗いたものでした。実際に体験している部分は衝撃的で、ずっと記憶に残っていた作品です。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

今回の書籍化は、pixivで公開された「本番」よりも前、作者の永田さんがどうしてレズ風俗に行こうと決めたのかを語る10年間が加筆されています。
大学を半年で退学し、鬱と摂食障害になっていた作者。焦ってバイトを始めるも辛くなって遅刻早退欠勤が増え、最終的には解雇されたりと、壮絶な日々を送ります。痩せて身体が弱ってボロボロになっていくのが「うれしかった」と語られていて、こういう感覚は多分、共感度合いが読み手によって大きく変わる部分になるはず。わたし自身は大学に行き会社に入り、幸いにも健康を損なったり大きなトラブルになったりせずに過ごしてきて、どちらかといえば驚きと心配とともに読み進めていました。
びっくりしたのが、アルバイトのレジ打ちの最中でも「発狂しそうな食べたさ」の過食衝動がくるシーン。作者はトイレに行くふりをして更衣室に駆け込み、とにかく食べられるものを食べます。お湯を入れないでカップめんの麺をかじって麺が血に染まるというエピソードについ一瞬手が止まりました。

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(15ページ)

家族との関係や自分に構築された考え方とひたすら向き合って戦う10年間。重そうにも思えますが、その語りがとても冷静で(振り返れているからなのだけど)ロジカルでテンポが良くて、似たような経験をしていない人でも想像しながら読めてしまいます。
「死にたい」とずっと思っていたという作者ですが、作中では「ほしい物も行きたい所もわからない」という中でも、「抱きしめてほしい」「マンガを描きたい」「キラキラした大人になりたい」などの希望を一つずつ見つけて進んでいきます。
とても印象に残ったのは、ムダ毛の処理をして、お風呂に入って、綺麗な服を着るようになるところ。どんな人でも、部屋が汚れているときとか、あまりきちんと寝なかったりとか、メイクを落とさずに寝たとか、「自分を大事にしてない」感覚には覚えがある気がして、ほんの小さな余裕をつくることや自分のために行動したときのすっきりとした感じはとてもわかる、と思ったから。

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(66、67ページ)

タイトルになっている「レズ風俗」のシーンは全体の中ではとても少ないです。でも、この1話分が、お風呂のお湯の温度やシーツの肌触りまで感じられそうなくらいの迫力。性に対する知識や自信が最初からあるなんて人はいないわけで、結構な割合の人が不安や怖さを感じたはずで、「レズ風俗」という体験したことのない状況の描写が、その全身の毛が逆立つような緊張感を伝えてくれます。誰かの前で裸になるのって、友達と温泉くらいでも結構緊張するのに、触ったり触られたりするって、ほんとにすごいことだ。

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(91ページ)

きっと読み手の辿ってきた人生や考え方によって、この漫画に抱く感想は全然違います。大共感、という人もいれば、はてなが浮かぶ人もいるだろうし、共感するポイントも全然違う。わたしはこの作者さんと同じさみしさを体験したことがあるわけではないけれど、「性的なことはタブーで考えてもいけない」って思っていたのはすごくすごく身に覚えがあったし、風俗なんてけしからんと思う人もいるだろうけど、わたしはこんな風俗だったらいいなと思いました。合うか合わないか、それは読んでみるまでわからないから、(この記事を含め)他の人の感想より、まずちょっと読んでみてほしい作品です。ぜひ。

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

知らなかった感情と出会った瞬間を忘れないように――ものや動物の声が聴こえるイノセントファンタジー『ひそひそ』

もういつ知ったか思い出せないけれど、わたしたちが持っているひとつひとつの感情は、最初から持っているものではない気がする。「嫌だ」や「うれしい」はごく幼い頃からあったとしても、「さびしい」「やるせない」「ふがいない」「悔しい」「愛しい」なんかの少し複雑な気持ちは、きっとどこかに出会った瞬間がある。こんな気持ちにははじめてなった、という瞬間は、忘れているだけできっとたくさんあったのだと思う。

そんな感情との出会いを丁寧に描いた作品が、藤谷陽子さんの『ひそひそ』(全6巻)だ。

ひそひそ-silent voice- (6) (シルフコミックス)

 

幼い頃、ものや動物の声を聴く能力を持っていた高校生の主人公・光路は、ある日、自分と同じ能力を持ち、周囲と会話する小学生の男の子・大地と出会う。その出会いから再び能力が戻った光路は、まるで昔の自分をやり直すように、その力と向き合っていくことを決心する。

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(1巻46ページ/118ページ)

 

能力を歓迎されなかった子どもの頃の記憶から、光路は大地のことを気にかけ、大地が上手に大人になれるよう見守っていく。気持ち悪がられないか。人との距離はうまくはかれているか。
大地の心配をしていたはずなのに、改めてたくさんの声に触れて、いつの間にか自分自身が少しずつ変化していることに気づいていく。

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(1巻133ページ/2巻35ページ)

 

子どもから大人になる過程で消えてしまうと言われている力。再び光路のもとにやってきた能力がもたらしたものはなんだったのか。大人になりかけている自分だからこそ知っていることもあれば、大人に近いはずなのにうまく扱えていないこともある。年齢を重ねれば経験も知っている感情も多いはずなのに、全然器用にこなせない。成長していくのって、こんなに歯がゆくて難しかったかな、と思うと、不思議と前向きな「やれやれ」という笑みがこぼれてくる。誰かの優しさに触れて、やるっきゃないな、と力を抜いて、また一歩歩き出す気持ちが湧いてくる。『ひそひそ』の描き出す登場人物たちの成長はゆっくりだけど、とても優しい。

 

執着がなく薄っぺらい毎日を送っていた光路が「照れ」や「安堵」の感情、「思い入れ」や「心の許し方」を知っていくのも目が離せないのだけれど、ラストには、この作品で一番心震える大きな感情との出会いが訪れる。こういう大きな出会いはきっとこの先の性格や選択にも影響を与えるような原体験になることを想像すると鳥肌が立つ。そしてどんな経験も、それを知ったことは無駄にならないことを、大きな糧になることを、読者はすでに知っているからこそ、なんだか泣きたい気持ちになる。

作品はファンタジー要素のある設定だけれど、わたしたちにとっても全く距離のない物語。この一瞬を、誰かの言葉を、忘れないようにしたい――そう思って少しだけ背筋をしゃんとしたくなる。

ひそひそ 1 (シルフコミックス 36-1)

ひそひそ 1 (シルフコミックス 36-1)

 

 

子ども×大人のハートフルストーリー『flat』や『ばらかもん』『キミにともだちができるまで。』が好きな人には特におすすめ。