物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

そのひとを最後まで愛するひとはだれなのか(『思い出のマーニー』より)

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公式サイト:http://marnie.jp/index.html

思い出のマーニー』はあまりにも自分から遠い位置にあった、というのが、映画館を出ながら最初に思ったことでした。良い悪いではなく、わたしにとっては共感からはほど遠かった。
そして、それ自体がものすごく興味深い、というのがかなり冷静なわたしの感想でした。 これまでフィクションを見ながらこんなに冷静だったことがあるかなってくらい冷静に見続けて冷静に終わった、興味深い映画だった。

「この世には目に見えない魔法の輪がある。
 輪には内側と外側があって、私は外側の人間。
 でもそんなのはどうでもいいの。私は、私が嫌い」

楽しそうにはしゃぐ同級生たちを眺めながら、このモノローグから始まるお話。
主人公の杏奈は、心を閉ざした少女です。喘息持ちである彼女は、療養のために海辺の村で夏休みを過ごすことになります。そこで目にした、美しい湿地に面した古い洋館になぜか見覚えがある杏奈。その洋館の窓には、金髪の美少女・マーニーがいて……。マーニーとはいったい誰なのか、という謎に翻弄されながら、杏奈は真実に近づいていきます。

そしてこれ以上は、確実に何かしらのネタバレになる。
この映画は、ほとんどが謎に包まれた状態で始まるので、ひとつ口を開けば隠されていることを説明してしまうことになります。まっさらに楽しみたい場合は、なんの感想も考察も読まないのがおすすめ。

 

でも、その上で、この映画が面白いのって、なんなら全部分かった状態でもう1度見て、比喩とか細かな仕草や表情に目を留めて、なぜそうなったのかを考えることだと思うんです。隠された謎自体はものすごく意外性のあるものというわけではなくて、人によっては見ている途中で大体想像ついてしまう気がするのだけど、だからこそむしろ、分かってしまった後で感情じゃなくて頭で見たい、と思いました。

 

杏奈の悩みは、ただ「友達とうまくつきあえない」ってことにあるわけではない、ってところがものすごく大きな分かれ目になっています。自分がちょっとノリが合わなかったり、みんなのテンションや話題についていけなかったりして、「枠の外側」にいるなあって思うことは、わたしにも身に覚えがあって。だから最初は、「あぁわかるなあ」って思ったんです。海辺の村に行って、仲良くしたいなんて思ってないのに一緒にお祭りにいくことになって、親切にされるのもうっとうしく思っちゃうって場面も、わたしも人見知り激しくてできればひとりでいたい子どもだったのでちくりとして。

でも、その先。

杏奈は「友達付き合いが苦手」なのではなく、幼い頃両親を亡くして、色んな人が自分を引き取るのを押しつけあっていたことを覚えていて、とにかく「自分のことが嫌い」。そりゃあ、誰でも少しは自分のことを嫌いなものだけれど、その理由が全然違うんです。

やっぱり、共感は難しいな。って、純粋に思いました。

両親がいない、自分が迷惑をかけている、っていう気持ちは、根本的には理解できない。その負の気持ちが全ての物語の基盤にあるから、わたしがこの物語に共感するのは厳しいなーって。作中にも、「恵まれてる」「恵まれてない」っていう台詞が出てくるのですが、それでいうと自分は「恵まれてる」もんなぁ、って冷静に思った。

杏奈が心を閉ざす決定打になったできごとが、「養父母が自分を養うことでもらっているお金の存在を知ってしまった」ことなのだけれど、わたしは「えっ」っていう感じだったんです。だってそりゃあ、自治体なのか国なのか、そういう施策はあってもおかしくないし、そんなにショックなことなのかなって。「お金を受け取るために養ってる」ではなくて、養育費かかるんだから、その足しにってことでしょう? それがあると、「負担かけてごめんね」の気持ちも軽くなるんじゃないの?って。
でも違うんですよねぇ。そう思っちゃうのは、わたしが中学生ではなくもう大人だからで、愛されてないって気持ちではないからで。「わたしが養子じゃなかったら受け取っていなかったお金だ」っていう杏奈の台詞を聞いて、頭で考えて、あぁそれだけ愛を受けたことがない(というか信じられる愛がない)のね、って。これはあまりにも遠い。愛されてるかどうかなんて考えなくてもやってこられたあまりにも普通なわたしは「わたしはのんきなんだな…」と思いながら杏奈を見守るように画面を見ることになりました。

 

そんな杏奈が出会ったのが、マーニー。

美しくて華やかなマーニーに杏奈は憧れて、すぐに心を許し、マーニーとの時間を過ごすようになります。それはもう、信仰みたいな支え。マーニーと話していたはずの自分がいつの間にか違う場所で眠っていたりと、明らかに不思議なことが起きているのを分かっているのに、杏奈はマーニーのことを信じます。疑わない。怖がらない。それは何故なのか、というふたりのつながりの種明かしは最後にされるわけですが、それとは関係なく、杏奈はマーニーのことをすきになります。ふたりの少女は、「友だち」になっていく。そのかたちは、あくまで「友だち」に見えるんです。

誰かのことを大切になっていくとき、その引き合いに出されるのが家族です。“もうお前は、家族同然だよ”とか。家族は大事なものである、っていう常識の上に成り立つ言葉って意外と多い。対して、杏奈のマーニーに対する感情は、「家族なんかより大切なひと」。家族ってものを全然信用していない。でもその「家族以上の友だち」マーニーは、最後、“家族”に戻っていく。

結局、そのひとを最後まで愛するひとはだれなのか。その問いは家族に立ち返っていくのか。
永遠に友だちだから大丈夫、ではなくて、家族はあなたを愛しているよ、に立ち返る物語。

 

孤独だった杏奈と、後悔を胸に、杏奈を孤独にしたくなかったマーニー。

マーニーが完璧ではない描かれ方なのがすごく面白いです。人生経験はマーニーのほうがずっと豊富なのだから、もっと余裕に差があって先輩然とした会話をする人物として登場するお話になってもおかしくはないのに、杏奈がマーニーを「大丈夫よ」って励ますシーンのほうが多い。マーニーが弱さと恐怖を持っているから、杏奈ははじめてすきになった誰かを守ろうと精悍な顔になれた。

すきって気持ちは最強だなあ。

あなたのことが大すき。

ってコピーと、公式ウェブサイトの イントロダクション の終わりにある

ふたりの少女のひと夏の思い出が結ばれるとき、杏奈は思いがけない“まるごとの愛”に包まれていく。

の文が本当に素敵。まるごとの愛。まるごとの愛は、やっぱり家族なのか。

 

 

とにかく画面が美しいのも大きな見所。湿地の風景もですが、マーニーが美しい少女である、ってことが説得力として本当に強いなぁと。見ながらどこかで杏奈と一緒にうっとりさせられてしまう魅力がマーニーにはあります。こういう気持ちはものすごく懐かしいなあ。すてきな女の子に憧れる恋みたいな気持ち。

目の前に広がる風景、どこか惹かれる建物、美しい少女。ひとつの思い出みたいに、わたしの中にもこの夏の記憶が宿るような気がしました。エンディングの主題歌のメロディと声が癒される。こんなに“ゆったり”な気持ちで見終えた映画はなかったかもしれない。この記憶は、ずっと杏奈を支えてくれる。忘れられないひと夏。


Fine On The Outside / プリシラ・アーン スタジオジブリ映画『思い ...

原作を読みたいなぁとすぐに思ったのだけれど、電子になっていなかった。残念…。最初の岩波の方の訳で読みたいです。
このハードカバーは格好よかった…。一般的なのはあとの児童文庫のほうでしょうか。

特装版 思い出のマーニー

特装版 思い出のマーニー

 
思い出のマーニー〈上〉 (岩波少年文庫)

思い出のマーニー〈上〉 (岩波少年文庫)

 

これまでのジブリ作品の中だと『借りぐらしのアリエッティ』に一番似ています。監督の違い、作り手の違いってしっかり出るんだなあってことが嬉しかった。そういうものづくりの強さみたいな部分をもっと見たい。そう思うと、これがスタジオジブリ最後の長編作品になるかもしれないことが、やっぱり寂しいなぁ。まだの方はぜひ。