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物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

メタファーと消失の物語、『少年ノート』

少年ノート(3) (モーニング KC)

3巻表紙のカラー絵がとても好き。この色彩。
書店でも色に惹かれて手に取った、『少年ノート』です。
隠の王』の鎌谷悠希さんの作品。

 

ひとりの天才的なボーイソプラノの少年・ゆたかは、中学生にあがる春、河が海へ流れ着く街に引っ越してきます。
ゆたかは、音の中で息する男の子。
「朝の音」で目覚め、「潮風の音」に呼ばれ、入学式の校歌斉唱を聞いて大泣きする。

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合唱部の練習にも泣く(1巻12ページ)

純粋すぎるほどに純粋なゆたかは、「音から受ける心の揺らぎ」が人一倍大きい分、誰よりも楽しそうに、音に戯れて歌います。

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(1巻33ページ)

そんな彼が歩んでいくのは、たくさんの大好きな人に囲まれる暮らし。そして、消失へと向かう日々——。ボーイソプラノは、“いつかお別れが訪れてしまうもの”だから

 

一言で言えばジャンルは「合唱群像」なのだけれど、合唱に全然触れたことのない人でも、自分の内側のどこかで覚えている葛藤と、鎌谷さんの表現する音の波が響くはず。これほど言葉で説明することに意味を感じない作品もない、抽象や哲学に囲まれた物語。溢れて流れて行く感情が、やがて涙のように河になって海へ流れ出ていく、そんなイメージ。「青春」の話でもあるし、「大人」でもあり「子供」でもあり、「成長」でもあるし「後悔」でもあるし「過去」でも「未来」でもあって、そしてものすごく“生身”な物語。

そんな難解にもなりそうなものたちと合唱が奏でる音が交じりあって、ものすごい完成度で描かれているのがこの作品です。とにかく、とにかく、紙面が美しい。メタファーにあふれた表現がどのページにも散りばめられていて、こんな風に世界や宇宙を見ることが出来る人はきっと多くはないはずで、鎌谷さんの視界に惚れ惚れせずにはいられません。こんなことを言ったらもしかしたら失礼なのかもしれないけれど、心の中のイメージやページのコマの構図なんかが、手塚治虫さんを彷彿とさせるなぁというのが第一印象でした。そのくらいの奥行きと重み。そこに乗せられたあっさりとしたゴシック体のモノローグも含めて、球体のような印象の漫画。

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こういう見開きがたくさんある(1巻150、151ページ)

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聞こえてきた泡みたいな音(4巻198ページ)

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隣同士でつながるハーモニー(5巻99ページ) 

老若男女、太った人も髭の人も美人も小さい子もここまで描けることだけでも尊敬してしまうし、光が豊かなカラーも美しい。

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(連載誌モーニング・ツーの表紙たち)

 

ゆたかだけではなく、別役部長、町屋さん、伊勢さん、先生……と、様々な立場の人たちの葛藤が描かれていく中で、重要な立ち位置で登場するのがロシア出身のボーイソプラノ歌手・ウラジーミル。ともにソプラノとのお別れという運命を待ちながら、彼とゆたかは惹かれあったり反発したりして、歌と向きあっていく。

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(3巻71ページ)

才能を与えられたウラジーミルは、その生命の短さを理解して、ずっと終わりに怯えながら命を削るように歌い、才能がありながらその特殊さを理解せずに過ごしてきたゆたかは、拘りを持つことなく歌う。

才能に恵まれたふたりだけではなく、才能が欲しくて欲しくて得られなかったひと、自分の特徴が好きになれないひと、なかなか自信が持てないひと、才能は伸ばしてこそだと思うひと、得意だったものを手放してしまったひと……「才能」と「自分」というものを取りまいて、それぞれ異なる角度を持つ人物たちが、出会い、少しずつ変わっていく

特別になりたい、何かが出来る人になりたい、あの人みたいになれたら、どうして自分はこうなんだろうって思ったことのある人には、誰かの立場が刺さるはず。手放したくない輝きを少しの間手にしたことがある人には、その痛みが分かるはず。ひとと関わって、傷つくことや大きな歓びを知って、彼らが過ごした日々の、素敵なことといったら。いいことばかりじゃなくても、こんな時間は、二度と戻らないから。

全8巻。 鎌谷悠希さん、最も好きな漫画家さんのひとりです。ぜひ読んでみてください。

少年ノート(1) (モーニング KC)

少年ノート(1) (モーニング KC)

 

電子版も。 

少年ノート(1) (モーニングKC)