物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

自分の感性を疑いたくなる、という話

この4月からの1年は、どこかで見たときから気になっていた、菅付雅信さんの編集スパルタ塾に通うことにした。出版や広告の業界トップの方々がゲストでいらして、その目の前でプレゼンするという、概要だけでもスパルタな講座なのだけど、決して安くない金額を一括払いしたというのに例年脱落者多数という、実態もすごく厳しそうなもので、1期の受講者のブログを見て、あ、これはやばい、と震えながら申し込んだ。「この4月からの1年は」なんて書いたけれど、フタを開けてみたら数ヶ月でフェードアウトしているかもしれないし、8月の時点で下位になって、クビになるかもしれない。

どうしてこの講座に通おうと思ったのか、みたいなことはなんにもしてない今書いても仕方ないから割愛するとして、今日あった第1回で、すごく印象に残った話があったので、少し書き留めることにした。

それは、特別なひとになりたいなら、毎日を無駄にしないこと、「あなたは、あなたが読んでいるもの、見ているもの、聞いているものでできている」のだから、それらは自分を賢くしているだろうか? と考えて、そうでなければすぐやめなさい、という言葉だった。賢くなるテレビだけを見る、無駄なゲームはしない。身体をダメにするもの(ファーストフードなど)を口にしない。

体感で知っていて納得する一方で、この後しばらくずっと、このことについてぐるぐると考えていた。無駄なものって、なんだろうか? 講座の主旨とはずれるのかもしれないけれど、わたしにとってはずっとあがいてきたことであり、コンプレックスでもある問いかけだったから。

 

高尚なものとそうでないものが存在する。クラシックとポップスがそうだとして、じゃあ、クラシックは賢くしてくれるもので、ポップスは違うのか。クラシックのコンサートに行くと、「良かったね!」も、「残念だったね」も言えない自分がいる。自分が好きだと思った演奏を専門家が「駄作ですね」と言ったら正解がわからなくなる。

アイドルが身体を張る番組は無駄な時間に見られがちかもしれないけれど、それが本当に見るほどの価値がないものなのかを判断する自信がない。だれかを救っているというだけで価値があるように思える。その時代を目撃できる気がする。ポップスを極めた人にもすごい人は当たり前にいる。

ラーメンは身体に良いとは言えないけれど、ラーメンの奥深さも事実で、研究して、そのプロになっている人もいる。

自分を成長させてくれる人と、そうでない人がいるのは分かる。けど、なんの利益もない大学時代の友達と、安いビールを飲んで吐くような時間が、無駄だと言えない。

わたしが一生を捧げたいと思っている「漫画」たちは、芥川龍之介シェイクスピア村上春樹なんかに比べると、「くだらない」と言われる頻度は高いと思う。テレビ、ゲームと来て、漫画を禁止している親だって多くいる。わたしの両親も、何度怒られても抵抗して漫画を描いていたわたしに、「そんなくだらないことやめなさい」と何度言ったかわからない。それでもわたしは、「くだらなくない!」と言いたくて、今日まで来たんだ、と思う。

漫画の中でだって優劣がつくときがある。手塚治虫は日本の誇りで、ギャグ漫画は時間の無駄だろうか。わたしが愛してやまないのは、別に賢くしてはくれない、出会いとか別れとか嬉しいとか悲しいとかを繰り返す少女漫画だけれど、どんなに「また色恋かよ」と言われようと、わたしは作家さんひとりひとりの一瞬の描き方が違うだけで、これを見たくて毎日生き延びてるな、と思ってしまう。

 

よいものと、悪いもの。賢くしてくれるものと、そうでないもの。
意味があるとかないとか、傑作と駄作とか、だれが決めるんだろう、ってことが、ずっと引っかかっている。

言い訳じみて聞こえるかもしれない。けど、わたしは何をやめようか、と考えたらものすごくもやもやした。できるだけ意味のない時間をすごしたくないからこそ。とりあえず通勤読書を再開しようとは思ったし、「あ、むしろ会社?」と思ったくらいだから、「無駄」の感覚が一切分からないわけでもないのだけれど、一般的に「くだらない」に分類されそうなものが、どうしようもなく好きだ。モナリザを模写して喝采を浴びていた友達に、イラストや漫画が好きなんだ、価値を信じているんだと言えなかったのがすごく嫌で、ばかにされてしまいそうな好きなものたちの価値を高めたくて、ずっとそれに向かってきたわたしがなりたいものは、もしかしたらここで言われる「特別なひと」ではないのかもしれない。

ただ、「読み、聴き、見るもので自分ができている」ということは、すごくわたしも信じているから、だからこそエンターテイメントがやりたいと思っているから、しばらくついていきたい。いけたらいいな。確実に残業より賢くなれる時間だと断言できるし、ついていったら、出会いがあって考えが変わって、自分にとってするべきこととやめるべきことが見えることもきっとあるのだと思う。疑問を残したまま、通ってみることにする。いっぺんに決めずに、「無駄!!」と思ったものからやめていってみる。と、いうより、同じ時間でできるより賢くなりそうなことがないか探してみる。

一生懸命やってきた時間がそうでない時間の何倍もの価値になることも知っているつもりだからがんばろう、と思うけど、それを教えてくれたのは無駄のかたまりに見えるかもしれないサークル活動を死ぬほど一生懸命やった時間だった。賢くしてくれないもの、しばらく柔軟に考え続けたい。 

考えるときはいつも使うノート、大学ぶりに買って行った 

 

さっそく、ひとつめの課題が出た。BRUTUSの映画特集を考えること。こうして出てみて分かったけど、わたし、映画興味ないらしい!笑 まずは色々調べる。それから、pptをパソコンに入れねば。