物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

朝日新聞のリソースでマネタイズできる新メディアを企画せよ

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もはや塾のまとめブログみたいになっていて焦っていますが(だって2週にいっぺんやってくるから……)、今週の火曜日も編集スパルタ塾で、3回目のゲスト回でした。課題は朝日新聞のリソース(コンテンツ・世界各国日本全国の取材網・宅配システムなど)を利用し、マネタイズできる新しいメディア(もしくはメディアビジネス)を企画せよ」

今回は実は、プレゼンを聞いていて食指が動くことが少なくて、色々と落ち着いて考えてみようと思って、少し間を置いていました。わたしの感覚的な「面白い」「面白くない」と、会場で良いとされているものがすごくずれていて、これはまずいぞ、と。もちろんいろんな感覚があるし全員一緒じゃないから成り立つのがクリエイティブですが、「全然違う」のは論外なわけで。むむむむ、と思いながら考えました。

その結果見えてきたのは、そんなつもりはなかったけど、わたしが出した課題はめちゃくちゃ感情的な提案だったな、ということでした。

 

発表された方の中の言葉で印象に残ったものに、「新聞が届く音は自分にとって朝が来る音でした」というものがありました。これ、小説とか詩ではよく聞くフレーズなのですが、改めて目の前にいる人に言われるとわかったのが、「お、思ったことない……」ということでした。夜更かししてても聞こえた記憶がない。新聞を読む生活をほとんどしてこなかったわたしにとって、新聞は身近でないとかを通り越して興味のないものでした。みなさんが新聞とは「自分にとって」あるいは「生活の中の」こういうものだ、という言葉を口にするたび、「わからない……」と首を捻り続けてしまいました。

その方は続けて、「新聞といえば父親のイメージで、出かける寸前に絶対最後までめくっていました」と言いました。このときに沸いたじわっとしたイメージが個人的には不快で。父親が言う「新聞くらい読まないとバカになるぞ」みたいな台詞は最悪な記憶だし、そもそも父親との関係も最悪だし、みんなでご飯を食べていても新聞を広げているし、大きく広げるから邪魔だし、その辺にぽいっと置いてあるし。わたしにとって似たようなものとして「英語」があるのですが、とにかく新聞=父親と言われてはじめて、ああ、だからわたしは新聞が嫌いなのか、と思いました。新聞を読んでいる父親は「これを読まないと世の中のことがわからないぞ」と言いながら、娘が聞いている「ポルノグラフティ」が何だかわからなくて名前から「なんだそれ」と言いました。そんなつまらない人になりたくない、と思いました。ここまでくるともはや恨みくらいに見えますが(笑)、そのくらい、わたしにとって新聞は知らないうちに感情的に避けたいものになっていたみたいでした。(あくまで個人の感情で、価値の否定ではありません)

もちろん父親だけが理由ではなくて、今回作ったスライドに入れたように、無料のアプリがいくらでもあるとかもっとビジュアル的に美しいものもあふれているとか、新聞を選ばない理由はたくさんあって。

 

だから、わたしが提案したものは、「新聞」や「ニュース」から飛んで離れたものでした。友達で新聞を読んでいる人なんてほとんどいません。だから、そこから離れたほうが儲かるよ、と思ったんです。

 

でも、それってものすごく感情的な提案なんですよね。別に、新聞屋さんが新聞以外をやっちゃいけないって決まりはないし、事業を半分入れ替えたっていいわけですが、課題を出しに来ている方々はそうしたいとは思っていなくて、日々新聞に向き合って、新聞を大切に思っているわけで。そのなんていうか中心の部分、企画を考えるなら中心を、っていう部分をまるっと無視していたなあって。

だいたい、今回はまだ自分に関係しうるものだったから飲み込まれてしまったけれど、例えば車とか、メンズスーツとか、もっといくとAVとか、何の感情もないくらい遠くまでいくと、今度は「これを好きな人は、欲してる人は、何を思ってるのかな」って考えるのに、それが全然できなかった。あまりにも子供っぽくて、書いてて笑えてきました。笑 優勝した方のアイデア、失礼ながら自分の中ではまったくワクワクした気持ちにはならなかったけれど、それでもそこにニーズがあるんだろうな、ってことはわかりました。ほんとはそこで「面白い!」って思える感度に育ちたいけれど、すぐにそこまで行けなくても、“誰かにとって必要か”という目線を持たなくては……!

 

もうひとつ、難しいなと思ったのは、出す提案の選びかたでした。もうこれは本当にどうにかしたい! 例えば「朝食が配られる」とか「野菜が配られる」とか、そういうのは“宅配網”って聞いた瞬間一番に考えたわけですが、いやいやでも、それってすごく難しいぞ、と思い直して却下したわけです。

新聞は留守中に突っ込んでおいても問題ないけど野菜は腐るな、とか、
でも乾物とかにしてそんなに喜ばれるか?とか、
そもそも野菜や朝食を配ることって実は全然今の「宅配網」を生かしてないぞ(だって手間がかかる設置や個別に違うものを送る機能ではないからこそ成り立つ配達だから、それ以外のことをやろうとしたら別のコストが発生するわけで)とか。
でも、そうして却下したものが、プレゼンの場に立てていて、だけど、わたしが却下した理由と同じようなことをFBされている。でも、プレゼンできないくらいならそのほうがいいんじゃないか、って。難しい。まあ、もっともっともっといいものを出せればいいんだ、という話でもあるけれど、まずスタート地点に立ちたいから。これを出したらだれがなんて思うのか、みたいなところをもっと想像してから出すようにしたい。

 

そんなこんなで、今回はある意味、ときめきが少なかったからこそ、なんだか学びが多かったように思います(講義はとても面白かったです)。興味を広げるか、興味がなくてもやるかの二択なので、後者の攻め方に目が向いただけでも大きな収穫でした。

次は文芸。文芸の課題ってなんなんだろう…と怯えていますが、また頑張ろうと思います。