どんなモテメソッドも敵わない、いちばん確かな優しさのかたち『富士山さんは思春期』
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ハラハラドキドキのバトル、どんでん返し、謎が謎を呼ぶミステリー! そういった起承転結の激しいストーリーがなくても、私たちを魅せてくれる表現がある。ひとつひとつのコマの持つ意味にときめいてしまう、じっくり、じんわりな青春未満を描いた『富士山さんは思春期』(全8巻)だ。
中学生の男女ふたりがつきあって、学校生活と四季を過ごした、それだけの話なのだけれど、これが全く飽きることなく、ページを捲る手が止まらなくなる。
人気の可愛い女子の着替えを覗こうと無茶をしたカンバが見てしまったのは、身長181センチもある大きな女子、富士山牧央の下着姿。女子として見ていなかったのに、その日からドキドキが止まらない……。勢いに任せて「付き合わね?」と言うと、富士山さんもOKしてくれて、ふたりの彼氏彼女としての毎日が始まる。
一瞬一瞬の描写が、汗のはりつく感じや距離が近づいたときの熱まで感じそうなみずみずしさ。中学生のカンバの目線で描かれているぶん、若干のエロ目線はあるものの、とっても爽やか。
(1巻46ページ)
チラッと見える背中とお尻(1巻159ページ)
最初はこの視点のリアルさや、描写の健康的なエロさが魅力なのかと思っていたのだけれど、この作品はそれだけじゃない。本当にすごいのは、富士山さんとカンバの個々の特徴が全編に滲み出るように描かれていることだ。
富士山さんは、待ち合わせ場所にされるほど大きくて、バレー部のスーパースター。それに対して、カンバはどちらかといえば小さくて、顔がいいわけでも部活で活躍してるわけでもなく、何かに熱中しているわけでもない、平均的な中学生男子で、スペック的特徴はあまりない。そのカンバが、富士山さんとつきあっていくために、相手の特徴のこと、相手の気持ちのことを、「女子」という大きなくくりでも、モテるためのマニュアルでもなく、必死に考えていく。
「大きいね!」と声をかけられたときに、心配してチラリと表情を伺う。
映画もボウリングも服選びも体が大きくて楽しめないと言われたから、帽子をプレゼントに選んでくる。
幼少期、滑り台で遊ぼうとしたら「小さい子に譲りなさい」と言われたと聞いて、相合傘を持とうとする。
立派なお寿司を見て出せずにいた差し入れのおにぎりを「腹へった」と食べる。
自分が取れない高い場所にあるものを富士山さんにとってもらう時なんかは、カンバも悔しそうにするけれど、彼は自分が負けて嫌だからというよりも、何倍も何倍も多く、常に富士山さんを気遣っている。それが押し付けがましくなくていい。一緒に楽しみたい、好き、そういう混じり気のない気持ちが根底にあるからこそ、地に足をつけて優しい。
最初はカンバも、同級生に「富士山はナイ」「女じゃない」と言われて好きになることをためらっていたけれど、一度彼女と向き合った後の彼は、なんのスペックもなくても、本当に本当に、世界一かっこいい。相手の状況や気持ちを考えて行動する、それひとつだけで、優しさが行動になるんだなと思える。車道側を歩こう、プレゼントは喜ぼう、すごーいって褒めよう、毎日好きだって伝えよう、そんなふうに教えられてやることなんて、きっと本当に伝わるものではないのだ。
一緒にいたいと思うふたりの過ごすピュアな時間と、日常に隠れた喜びは、ひとつひとつのときめきがすごい。同級生たちと花火を見ながらこっそり繋いだ手や、一緒に委員会に入ろうという約束。合宿でベランダとベランダで少しの時間だけ話す夜。どのシーンも捨てがたい。
一緒にテスト勉強したところが出るとテスト中に「あっ」て思う。
(2巻142ページ)
(4巻46ページ)
もらった絆創膏が濡れないようにお風呂に入る。
(3巻153、158ページ)
こんな時代あったなあ!あっただろうか!! あった人もなかった人も、このふたりには思わずほっこりするはず。わたしの中では確実に殿堂入りの作品だ。
お話は中学3年生の夏で終わるが、中学生の恋は、ほとんどが大人まで続かない。そんなことをチラリと考えてしまいつつ、このふたりがいつまでも一緒にいてくれたらいいなと思うし、きっと、お別れが来てもふたりらしいやりとりがあるんだろうなと思うと、それも思春期かあ、と思ったりする。8巻読み終わる頃にはすっかり、どこかで生きているような気がしてしまっている。
まだの方はぜひ!
作者・オジロマコトさんの今の連載はこちら。