物語のなかをぐるぐる廻る

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『東京タラレバ娘』が最高で最高で最高だった

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東京タラレバ娘』という、平成の少女漫画史に残る問題作がある。
連載途中で吉高由里子さん、榮倉奈々さん、大島優子さんという女優陣を中心にしてドラマ化もされてますます話題になったけれど、そもそも1巻が出たとき、連載が始まったときから、日本中のアラサー女性を斬りつけてくるみたいな鋭い言葉たちで一瞬にして少女漫画界の話題の中心をかっさらっていった。
わたしも何人もの友人の悲鳴を聞いた。普段から漫画を読まない子すら知っているくらいの波及っぷりだった。『タラレバ』は、大問題を正面からずいと見せてくる。「結婚したいなら、幸せになりたいなら、今そうしてていいの?」って。

 

物語は2020年の東京オリンピック開催が決まったところから始まる。明確な「数年後」が見えたことで、なんとなく仕事を続けている、みたいなものじゃない、はっきりとした未来を想像する。そのとき、自分は何をしているんだっけ?
主人公の倫子と、女子会仲間の香と小雪は33歳。そもそも、東京オリンピック以前に、この年齢には結婚して幸せに暮らしていると思っていた。

この始まりを見たとき、思わず舌を巻いたのを覚えている。まさに「お・も・て・な・し」がニュースに流れまくっていた頃、当時アラサーに足を踏み入れたばかりだったわたしの同世代からも、「その時には結婚してたい」「子どもと見れていたらいいな」なんてつぶやきをtwitter上でたくさん見たからだ。東村さんはご自身の友人の方々がそう言い出したから書いた、とあとがきに書かれているけれど、コミュニティやクラスタが違っても、あのオリンピック決定にはそういうパワーがあったらしい。

 

倫子たちが日々居酒屋で大量のお酒を飲みながら恋愛ネタで盛り上がり、あることないこと、未来の妄想も過去のちょっとした後悔もないまぜにして滝のように喋っていると、ある日金髪の若い男の子に罵倒される。「オレに言わせりゃあんたらのソレは女子会じゃなくてただの…行き遅れ女の井戸端会議だろ」(1巻41ページ)。そしてこの有名なシーンへと続く。

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(1巻42ページ)

そこから倫子を中心とした3人の怒涛の33歳が始まり、婚活パーティーに行ってみたり相席居酒屋に行ってみたりして、3人は日々HPを削られていく。脚本家の倫子はこの後この若者KEYくんと仕事でも絡むことになったり、その仕事が危機に瀕したりして、そんなとき「仕事がダメでも結婚するもん!」となってみたり、「恋はともかく仕事!」ってなってみたり、キャリアに悩む女性の図鑑かのように、ありとあらゆるシーンが出てくる。

その間に男性との出会いもある。
香は、バンドマンで、細くてキレイなモデルの彼女がいる元彼の「りょうちゃん」。彼女の存在も、香が2番目であることも隠しもせずに、「髪の毛とかピアスとか落ちてないよね?」と確認してくる男。

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(5巻58ページ)

小雪は、居酒屋の常連になった「大人なのに無邪気で礼儀正しいけど人懐っこくて甘えたがりの可愛い男」(2巻108ページ)、丸井さん。ただし妻子持ち、奥さんと別居中だけどその内情は里帰り出産。

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(2巻107ページ)

この二人は浮気だったり不倫だったりとわかりやすくクズなのだけれど、個人的には倫子が出会う男性の「問題点」の描き方が一番説得力があった。顔も体も良くて優しい、映画好きのバーテンダー。完璧で、おしゃれで、そんなこと言うのは贅沢だとも思うのに、話しながら違和感がある。嫌だなと思う会話がある。友人二人も「何言ってるの他はいいんでしょ我慢しなよ」と言うのだけれど、実はこう言う嗅覚こそが、一番「生理的に無理」に近いのだと思う。

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(3巻72ページ)

 

登場する男性陣も「こういう人、いるな〜」という人ばかりだけれど、それ意外にも『タラレバ』は「あるある」「わかるわかる」の宝庫。「出会いがない」と考えるシーンで出てくる「男が皿に乗って回ってくればいいのに」という回転寿司比喩のシーンなんかは分かりすぎて笑ってしまった。なんで社会に出るとこんなに出会うのが難しくなるんだろう。

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(2巻41ページ)

結婚式のシーンもすごい。「わたしは30くらいかなー」なんていう何の意味もない予定の会話が繰り広げられる女子トーク。そしてその年齢の頃合いとか台詞の一つ一つが、実は後ろから見られてた!?と思うくらいのディテールですごい。

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(5巻102ページ)

マシンガントークやタラとレバーの幻覚の説教だけじゃなく、ふわっとしたモノローグまでも抉ってくる。結局何が欲しいとか、今の自分が何にしがみついてるとか、自然に見ないようにしていることを、倫子たちが呟いてしまう。

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(2巻26ページ)

 

これだけ「リアル」だからこそ、現実を突きつけてくるからこそ、『東京タラレバ娘』は常にああだこうだと論じられる作品だったし、その完結が注目されてきた。結婚するのか、しないのか。まるでそこだけ少女漫画の登場人物のようなKEYくんとくっつく、花畑のような展開が待っているのかどうか。
最後2話に見せた「結論」が、本当に本当に最高だった。最高に最高に最高だった。ふんわりと「やっぱり恋も仕事も大事にして生きていこう」とか言って走り出したりせず、いつの間にか主題が遠ざかって「好き」「俺も」とかなるのでもなく、明確で、はっきりとした「ひとつの答え」が作中の正解として描かれていた。

何か出来事が起きた→相手はわたしのこと好きなのかも→じゃあわたしも好きになろう、という順番(あるいはそうなる前から切り捨てるか)でしか動けなかった倫子が辿り着いたのは、誰とくっつくとかくっつかないとか、結婚できるかできないかなんかよりもずっとずっと大事な一つのことで、「結局少女漫画じゃん」とか言わせない、少女漫画を超えた完璧な「大人の決意」だった。
相手がどうかよりも前にまず、自分がどうかなのだ。

女性が自由になろうとしている時代に結婚を押し付けるなんてありえない、と言った意見がネットでもいくつかあった。でも、この作品は、ちゃんと読めば、「結婚しなきゃダメ」なんて一度も言ってない。「結婚したいなら、どうにかしないとダメなんじゃない?」と言ってるだけだ。結婚だけじゃなく、「仕事で成功したいなら」でもあるし「幸せに生きたいなら」でもある。何か望むことがあるなら、そうなるように動かないとダメなんじゃない?って。

誰かへのダイレクトな説教でもなく、ご意見番としてのインタビューでもなく、ひとつのフィクションの中に意見や思想や答えのひとつを混ぜることって本当にすごいと思う。批判も反対もあってもそんなの関係ないんだ、これは東村さんと『東京タラレバ娘』が出した「答え」なんだから。最終話を読んで、倫子の叫びを聞いて、そのパワフルでがむしゃらで美しい終わりに、誰が何と言おうとこの作品が大好きだった、わたしは『タラレバ』から元気をもらってたんだと気づいてしまった。

2巻の時点で何の気なしに言っていたように見えた「欲しいものは愛なんだ」という言葉。これが最後の倫子の答えに見事につながっていて、この作品が最初から一つの芯によって描かれていたことがわかる。東村先生が最初から最後まで作品を通じて言っていたことはたった二文字、太い筆と墨汁で書いておきたくなる「自立」だったのだと思う。

そして幸せとか愛とか、そういうものを真面目に考えてみるのも悪くないし、真面目に向き合わないときっと手に入らないものなのだ。

 

東京タラレバ娘(1) (KC KISS)

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東京タラレバ娘 DVD-BOX

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