物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

優雅で美しい、少しだけ特別な物語。/野中柊『マルシェ・アンジュール』

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久々に本を読みました。雑誌でも漫画でもなく、活字の小説。あんなに好きだったのに、もう2年ぶりくらいになります。

時の流れはあっという間だけれど、本は逃げない。少し昔の作品ですが、本は色褪せないのがすごく良いです。少しだけ感想を。

 

マルシェ・アンジュール

マルシェ・アンジュール

 

野中柊さんの作品はいつも、時間の流れがゆったりで、特別なひとだけが持つような優雅で美しい空気が流れている。不思議なことに、この人の作品の中にあると、ひとつひとつの家具や、調理器具のようなものまで、だれかの手によって愛されていたり、その存在ごと尊いような、特別なものに思えてくる。

だから、中に登場する人物たちは、殊更だ。
なにか特殊な環境にいるわけでもなく、普通に暮らし、働き、ほかに代えられない好きなひとがいるひとたち。
彼女たちはみんな、だれかを夢中にさせる指先や鎖骨や柔らかな髪や意志の強い瞳を持っていて、そのことが、ほんの少しだけ特別なことなだけなのです。

 

昔好きになったひとに似た男のひとに話しかけた不思議な時間、「初恋」。
秘密を抱えた女の子に惹かれていく男子高生、「予感」。
留守電で蘇った昔の約束、「記憶」。
いつもどこか旅に出る準備をしているように思える恋人、「距離」。
野生的な彼女との縁と絆について、「星座」。
大人になってからした片思い、「聖夜」。

 

6つの短編につけられたタイトルは、野中さんの文章がつくる空気の中では、普通より煌めいて見えます。
昔好きだったひとに再会したとか、母から電話がかかってきたとか、そんなほんの少しのことでふっと淋しくなったりだれかを思い出したりする、小さな心の機微がとても丁寧に描かれたお話たち。
そんなつもりはなかったのに、日曜日の昼下がりに音楽を聴くような気持ちでゆったりと本を開いただけだったのに、なぜか最後の数行で、自分の手が小刻みにふるえている。たまに涙が浮かんでしまう。
ため息をついて本を閉じる。いつもよりゆっくり歩いてみたくなる。
そんな本です。

 

久々に読む本に昔たくさん読んだ野中さんを求めたのは、なんだかすごくしっくりだし笑えるような気もしてとても嬉しい。これから少しずつ、空白を埋められたら。