物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

大雑把女子と童貞男子の不毛な、いや、実りあるバトルに注目!『カレは女とシたことない。』

作品を構成する要素がパズルのようになっているとしたら、そのすべてが妙にかちっとはまるみたいな、気持ちの良い作品にたまに出会う。こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけれど、それは作品や著者と「気が合う」みたいな感覚で、私にとって都陽子さんはそんな著者のひとりだ。好きすぎて毎回新刊を楽しみにしている。

今回紹介する『カレは女とシたことない。』は、32歳でお見合いをしたら相手が同級生の童貞だった、という話。タイトルも帯の「お見合い相手は32年間チェリー様。」も煽っている感じだけれど、それとは裏腹に、中身は誠実に人と向き合うコツが見えてくるハートフルな(?)作品だ。

カレは女とシたことない。 (Feelコミックス)

32歳で焦って婚活を始めた亜希子がお見合いで出会ったのは、学生時代にイケメン御三家として扱われていた市原くん。一度会ったあと水族館に誘われて行くのだけれど、そのときの衝撃シーンがこちら。

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(11ページ)

「まねっこ」……!!!!
次のページで亜希子も「えええかっわ…!!」と言っている通り、この嫌味のないナチュラルに天然でかわいい男子、たまにいるんだよ……! とのっけからくらくらします。そして大抵の女子が発する「かわいい」はすべてのほめ言葉の総称なので、ぐいぐい魅力的に感じるわけです。そのあとも食事に行き、やっぱいいなあ、この人と一緒にいたいなと思い始める亜希子ですが、ここで問題の告白が訪れます。

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(16・17ページ)

ええええ〜〜〜〜〜!!!
でも亜希子からすれば、実は女がいるとか無職とかより、あははと笑ってしまえることだったよう。意外に男性側が気にしてるだけで、驚きはするけど気にしないという人は多いのではないかと思うけれど、ともかく市原くんは明るく笑ってくれた亜希子に救われて、ふたりの交際がスタートします。

 

8年間彼氏がいなかったがさつな亜希子と、優柔不断で童貞の市原くん。交際が始まったからといって、そこでめでたしとは当然ならない。そこで登場する市原くんの家族が、また曲者ぞろい。美人で料理上手な女性として兄といちゃいちゃする妹・聖(実は男)に驚いただけでは飽き足らず、実家で出会うお姉さんと母親が亜希子の一挙一動にずばずばと難癖をつけてくる……。

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(30・61ページ)

こういうところのあるある感、この家族が出てくることで、市原くんがなぜ今みたいに気弱に育ったのかがわかるし、なぜ聖がお兄ちゃん子なのかも分かる。登場人物同士の性格の噛み合いがものすごいはまり方で、都陽子さんの作品の一番気持ちいいところだと思う。

ふたりは色々な問題を一つずつ超えていくのだけれど、一度大きな喧嘩が訪れます。そのときの亜希子の台詞が、「そんなんだから今まで童貞なんじゃん!」……! 自分が許容できるかどうかとは別に事実として「童貞」はあって、細かな言動のひとつひとつが結果にもつながっているというこのつらすぎる一言。すぐに亜希子にもブーメランが返ってくる。

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(94ページ)

ただ単に彼がイケメンなのに童貞でした、という話ではなくて、それにはやっぱり理由があるし、自分とその人が一緒にいようとしていることにも理由がある。喧嘩でふたりが発する言葉が性格の違いもよく表していて読みながら「うわぁ…あるあるあるある……」となること必至。そのあとふたりはどうなるのか、8年彼氏がいない大雑把女子と優柔不断童貞男子の不毛な、いや、実りあるバトルに注目。こういう人ってこういう服着てるとか、そうそうこういう仕草する! とか、フィットする感覚が心地よくてどんどん好きになってしまうので、全編通してディティールを是非見てほしい。

 

個人的には、この漫画の本編のあとに収録されている番外編『まだ聖くんだった頃』が良すぎて即ノックアウトされた。漫画ではときどき、この一言が、このワンシーンが、この表情が忘れられないという瞬間に出会うけれど、居酒屋で鏡に向かう聖の表情の艶っぽさがものすごく綺麗。ばかみたいでも、非現実的でも、恋するっていいなあ! 聖が亜希子の弟を、恋というより「信頼」した瞬間の描き方がすごく自然なのに鮮やか。1巻完結で番外編も同時収録なので、最後までぜひ!

カレは女とシたことない。 (FEEL COMICS)

カレは女とシたことない。 (FEEL COMICS)

 
カレは女とシたことない。 (Feelコミックス)

カレは女とシたことない。 (Feelコミックス)

 

こちらも1巻完結。おすすめ。

地下アイドル、職場の男にバレまして (FEEL COMICS swing)

地下アイドル、職場の男にバレまして (FEEL COMICS swing)

 

現在連載中の作品。続刊あり。

わたしはあなたの犬になる(1) (FEEL COMICS swing)

わたしはあなたの犬になる(1) (FEEL COMICS swing)

 

 

映画『怒り』を見て取り憑かれたように考えたこと

映画『怒り』を見てきた。10月2日日曜日のお昼、歌舞伎町奥のTOHOシネマズ新宿で。クライマックスのところでは自分の心臓の音が手を当てずとも分かるほど緊張したし、エンディングの頃には浅い呼吸しかできなくなって、川村元気とか坂本龍一とかのクレジットを見ていたら胸が詰まって吐き気がしてきた。中身がグロいとかじゃない。空気と、重みと、熱のせいだ。人酔いしたみたいにうっすらとした気分の悪さ。

気分が悪いとか吐き気とか言ってしまうと、駄作と誤解する人もいるかもしれないけれど、決してそういう意味じゃない。力のある人たちが集まって熱に浮かされながらものを作るとこんなものができてしまうのか、と思った。迫力も質感も圧倒的に高度だった。今年は『リップヴァンウィンクルの花嫁』と『シン・ゴジラ』で二度も圧倒的にすごいと思わされたのに、そのふたつとはまた全然違う座標で一番印象に残った作品になった。歌舞伎町を抜けて駅に行く間、ずっと呼吸を浅く細かく繰り返しながら、誰とも目が合わないようにして歩いた。身体に変な力が入っていた。

これから書くことはどうしたってネタバレなしにできそうにないから、これから見る人は読むことをお勧めしない。

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東京、千葉、沖縄。3箇所で素性の知れない男と出会った人たちは、彼らと関係を深め、やがて、夫婦殺人事件の報道により、少しずつ犯人に似た特徴を持つ彼らのことを「本当に信用できるのか」と疑っていく。目の前にいる人から感じる優しさや温度は確かに本当に思えるのに、信じることができない。そのことについてずっと終わった後考えていた。ご飯を食べていても、運動をしていても、歯磨き中も、気づいたらあらゆるシーンを頭で反芻していて、信じられることと信じられないことに頭を巡らせていた。

千葉の愛子(宮崎あおい)は、恋人となった田代(松山ケンイチ)を疑い、警察に電話をかける。宮崎あおいさんが震えながら吼えるように泣くシーンはすごかった。彼女はとてつもない大きさの安堵と後悔を同時に感じて、何も喋らずに大声で泣いた。その投げ出された脚や全身で訴える様子を見ながら、小説や脚本にもないであろう身体のすべての動きを演技でつくりあげるのってすごいことだと思った。彼女は恋人を疑って通報するけれど、結果は白。家宅捜索の結果、恋人の指紋から身元がはっきりすることとなった。
愛子は田代を信じなかったけれど、父である洋平を信じたとも言える。もちろん、自分自身が最後まで恋人を信じ続けられなかったというところが本人にとっては大きいだろうけれど、愛子には他に、意見を参考にしたいと思うような、気持ちを変えられてしまうような、信じるべき人がいたということだ。

もし、この結果が黒だったら、ということを何度も考えた。あの瞬間、愛子と洋平は全身で恐れていた。黒であっても白であっても怖いという場面だったはずだけれど、万が一、黒で、警察が重い顔でそれを伝えたならば。あっという間に、自分の行動は肯定されて、楽しかった日々も薄ら寒いものに変わる。もう姿を消していて連絡がつかない恋人を、きっと、まだ居座られているよりよかった、と思うはずなのだ。凶悪殺人犯が自分たちの元を去った、と。警察が「彼は違う」と言う瞬間まで、愛子も洋平も、そして見ているわたしたちにも、田代は灰色に見えていて、とてつもなく不安だった。黒だったパターンもありうるのだ。小説だからそうも作れただろうし、小説だけではなく、現実でもある。同じ状況にもし現実で遭遇したら、愛子の行動はとても正しい。黒ではないということを知らなければならない。だって、次の日に自分の部屋で事件が起きるかもしれない。そう思うとぞっとする。ぞっとさせるだけのリアリティがこの作品にはあった。

愛子も、洋平も、疑った自分をどこかで後悔しているのかもしれないけれど、疑うことは悪いことではない。大事な人を信じられなかったと自分に思うのは、あくまで結果論なのだ。素性のわからない人間を簡単に信じてはいけないのは、犯人の行動がすべて物語っている。道を聞かれるでも、家に入る業者でも、ナンパでも、そのすべてを疑うのも寂しい気もするけれど、疑ったほうが安全だということだけはこの映画がよく示していた。

 

東京で出会うゲイカップル、優馬妻夫木聡)と直人(綾野剛)は、千葉編とは少し違う結末を迎える。身近で起きる空き巣事件などからだんだんと直人への疑いを深めていった優馬は、直人が姿を消した後の警察からの電話で、殺人犯に関する調査だと思い込んで直人が残したものをすべて処分する。電話でも「知らない」と答え、切ってしまう。それでも直人を探し続けて、彼がすでにこの世にいないことを知る。
このふたりの恋はなんの危険性もないただの恋だったから、優馬に残るのは、千葉編よりももっと爽やかな、彼を信じてやれなかったことへの後悔だ。警察からの電話はおそらく倒れていた直人の身元確認等だっただろうし、形見をすべて捨ててしまったあとだった。よくよく考えれば殺人の調査であれば電話を「知りません」で切っただけでその後何もないということも考えづらい気がしてくる。すべて分かったときにはもう彼には会えなくなっていて、家族のいない彼が、隣の墓に入りたいとつぶやいていたことを思い出す。千葉編での緊迫感は「大事だろうが疑わないと危険かもしれないぞ」と思わせるには十分だったのに、今度は「大事なら大事にしないといつ会えなくなるかわからないぞ」と言われた気がした。

 

そもそも、見ず知らずの人を信用するには何が必要なんだろう。高校のクラスで初めて一緒になった、引っ越したら同じマンションだった、など、これまでもたくさんの「知り合う瞬間」があったはずなのに、そのあといつその人のことを信用したのか、案外わからなかったりする。
同じ学校・会社だから大丈夫、という安心感はかなり高い気がするけれど、同級生や同僚が何か犯罪を起こさないとは限らない。知らない人をはかるものとして職業はすぐに出がちで、「何してる人なの?」に対して企業名が返ってくると安心する人は多いけれど、合コンで出会った人が出してきた名刺が本当なのかは、実はその瞬間には判断のしようにない。色々な場面や第三者のいる場面でその人を見て、どういう表情で、どういう言葉で暮らすのかを見ていかないと、きっと実はわかっていないのだ。信頼への道のりを本当に遠く感じた。ステータスよりも自分が見たものが大事だとも思うし、なにも所属を持っていない良い人というのも不安だ。対自分ではなく、他の誰かとどのくらいどんな関係があるのかを知っていくことでしか、きっともう安心できない。

 

普段いかに簡単に人を信頼しているかも思い知ったし、いちいち疑っていたらきりがないという気持ちもある。接する中でしか信頼はできないから、完全に安全とわかるまで接しない、ということはできない。そんなとき、「怒気」はすごく参考になるかもしれないと思った。怪しい男として登場した3人のうち、犯人が分かるまでに暴力性を見せたのは沖縄編の田中(森山未來)だけだった。おそらく犯罪でも、万引きと傷害にはかなりの距離がある。人を殴ったり蹴ったりすることって怖いし、ものでもなんでも「壊せる」というところにまで辿り着くのは、またいくつか段階が違うのだと思う。できる人にはできてしまうことだけれど、できない人からするととんでもないことに思えるのが暴力だ。スーツケースを投げるでも、厨房のものを割って回るでも、田中には暴力性と怒気があった。それを見たら、深追いをしない。その判断を常に意識するのは、自分や大切な人を守ることに繋がるかもしれない。

辰哉は深追いする。行かなければいいのに、また田中がいる島に行って、二人きりになる。あのときは見ている誰もが「なんでそんな危険なところに一人で行くんだよ!」と思ったに違いない。絶対に何かが起こるという緊迫感があるのに、辰哉はそんなこと想像もしていない。なんだか様子がおかしかったけど、島に行って会えるなら会いたいと思っている。犯人ではない東京と千葉では疑う心を描いていて、犯人のいる沖縄では疑わない心を描いている構造にめまいがした。無心に信じている相手が殺人犯だなんて、思いもしない。東京と千葉が報道の犯人像に脅かされるのに、沖縄はちらっと一瞥しただけで、頭から消してしまう。その様子があまりにも日常らしく想像できてひやっとした。人は一度信じたら疑わない、という部分。疑うどころか、沖縄にいる人たちは最後まで彼が殺人犯だったことを知りもせず、辰哉と田中の関係も、殺人事件とは無関係なところで変化していく。

そのあまりにも完璧で緻密な構図に舌を巻いた。「信頼した人を殺人犯かと疑う話」だったら、沖縄編に疑いだけ付け加えれば書けたのだと思う。あるいは、千葉か東京の結末を犯人にしてしまえばいい。でも、吉田修一さんはある意味いらない千葉と東京を描くことで、信じることがいいとも悪いとも言えない物語を作っている。それによって『怒り』はただのミステリーではなくなっている。逆に、ミステリー的な要素で田中を疑っているのは観ている者だけだ。交わることのない舞台が3つも描かれていることの狙いを思うと、頭が疲弊してどっと疲れた。しかも、ダミーはひとつでも成り立つのに、3つあるというところが憎い。相手を疑っていくヒントになった現象や、迎える結末の違い。見ている一人一人が誰かを信じることや疑うことを選択したとき、迎える未来のパターンをいくつもちらつかせてくる。そこにくるのは安堵かもしれないし、後悔かもしれないし、危険かもしれない。すごい映画だったし、すごい物語だった。

 

俳優のみなさんの演技が本当にすごいのだけれど、沖縄編で泉を演じた広瀬すずさんも圧巻だった。『ちはやふる』でもすごいと思ったけれど、今回はまた全く違う顔。特に駐在している米兵にレイプを受けるシーンがすごかった。表情、涙、動きが止まる瞬間。心が壊れていくのが見えた気がした。物語の終わりを結ぶ泉の咆哮も強く印象に残った。海に向かって叫ぶ、とト書きしてしまうと安っぽい青春ドラマみたいだけれど、泉の叫びはもっともっと、口に出さなかった言葉をたくさん含んだ、重くて黒い、力のある叫びだった。
綾野剛さんの存在の柔らかさと独特な色気もすごかったし、一瞬だけ登場する高畑充希さんの目の強さと存在感も残った。坂本龍一さんの音楽、そして、これも川村元気さんのプロデュース。くらくらする。この豪華なキャストとスタッフで、明らかに高い熱量で作られた作品。たくさんの人に勧めたいけどしばらく2回目は見たくない。

 

すべてのメインのキャストのインタビューが読めるパンフレットが本当にすごい完成度で、言葉の選び方や語り口が美しくて、おすすめ。文字だらけだけれどあっという間に読める。朝井リョウさんの寄せた文も美しくて感動した。

文庫も、今は期間限定の幅の広い帯で、帯の裏にはインタビューが印刷されているので、書店でもぜひ。

怒り(上) (中公文庫)

怒り(上) (中公文庫)

 
怒り(下) (中公文庫)

怒り(下) (中公文庫)

 
「怒り」オリジナル・サウンドトラック

「怒り」オリジナル・サウンドトラック

 

 

『夕暮れライト』みたいに、帰りたい家があるっていいな

ごくごく普通のなんの変哲もない家に生まれて、わたしにとって家は、「帰りたい場所」だったかというとそうでもない気がする。むしろ、学校とか遊びとか、「行きたい」の気持ちの方が圧倒的に強くて、思い入れのほとんどは家の外にあった。今の一人暮らしの家は大好きだけど、「誰かがいる家」とはやっぱり違う。
夕暮れ時になって、日が沈んできた町に、ぽつぽつと家の灯りがともる。それを見ていたら帰りたくなる――そんな瞬間をテーマに書かれたのが宇佐美真紀さんの『夕暮れライト』(全5巻)だ。

夕暮れライト(1) (フラワーコミックス)

父親が再婚を考えている相手が住むマンションに引っ越してきたちなみは、再婚相手の娘・和音と、和音の隣に住む相馬兄弟に出会う。再婚相手と和音を家族になれる人なのか見極めようとするけれど、逆に相馬兄弟がちなみのことをリサーチしてくる。

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和音を守るために警戒する相馬兄弟(1巻69ページ)

はっきりものを言う性格で一人になっていたちなみと、控えめで大人しいせいで一人でいる和音。余計な仕事を押し付けられていた和音を守って啖呵を切ったちなみに、和音は惹かれていく。強がってなかなか素直になれないちなみも、和音と姉妹になることを嬉しく思うようになる。相馬兄弟も和音を守ったちなみのことを認めていって、4人は微妙なバランスの中で仲を深めていくけれど……。

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啖呵を切るちなみ。こういうこと言ってしまうのが分かる人には絶対ささる(1巻49ページ)

 

いきなり、この間まで知らなかった人と家族になるのは、簡単じゃない。恋をするのも、簡単じゃない。うまく言えない言葉や、傷つけないために飲み込んだ気持ちがあって、そんなとき、隣にいてくれたことは、きっと、その人を信頼するには充分だ。

日が沈むまでただしゃべったことや、教科書に落書きしあったこと、同じ音楽が好きだったこと。手をつなぐとか抱きしめるとかそんなことしなくても、その日の嫌なこと全部ふきとばすくらい嬉しい小さな瞬間があったことを思い出す。宇佐美さんの描くときめきは丁寧でとても好きだ。

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雄大との河原。(1巻43ページ)

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奏多との河原。(3巻96ページ)

柔和だけれど陰のある兄の奏多、強くて優しい弟の雄大。タイプの違う兄弟に振り回されながら読むのもやっぱり少女漫画の醍醐味。恋愛がどうなっていくのかはここではネタバレしないけれど、宇佐美さんの描く絵は品があって綺麗で、男の子には上品な色気があって、腕や手とか、大雑把にきたTシャツまでかっこいい。

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少女漫画のときめきってやっぱり絵も大きい(1巻124ページ)

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扉絵は本当にどれも可愛い、この手最高だ(2巻6話扉絵)

 

誰かに会えるから、家に帰るのが楽しみになるのっていいなあ。きっと悲しいことがあっても、またちゃんと帰りたくなる。隣にいてくれる誰かが、自分の大好きな親友と頼りになる男の子だなんて最高だ。ほっこりして、時々じんわり涙がにじむ。これからの空気がひんやりしてくる季節、ほっとしたい人はぜひ。 

夕暮れライト 1 (フラワーコミックス)

夕暮れライト 1 (フラワーコミックス)

 

インテリ男子が好みの方には宇佐美さんの『ココロ・ボタン』もおすすめ!

 

大切な人に贈りたい、まるで球体のような美しく完璧な全11巻『四月は君の嘘』

「あまり知られていないニッチな作品を少しでも広めること」はレビューを書くときにやりたいことのひとつではあるけれど、名作中の名作というのもまた、書いておきたくなる。『四月は君の嘘』はそんな作品だ。まるで球体のような、美しい映画のような、完璧な全11巻。先日、番外編を収録した『四月は君の嘘 coda』が発売されて、力を抜くつもりで手にした短編たちにも泣かされそうになってしまって驚いた。「漫画って面白いの?」という人がいたら、「漫画なんて読んで!」と怒るお母さんがいたら、ぜひ薦めたい名作だ。

四月は君の嘘(1) (月刊少年マガジンコミックス)

主人公の有馬公正は、かつて有名コンクールで数多くの優勝を手にした天才ピアニスト。その演奏は緻密で正確。“ヒューマンメトロノーム”や“操り人形”と揶揄された彼は、母親の死の直後、11歳でピアノが弾けなくなった。自分の弾くピアノの音だけが聞こえない。これは罰だ――。ピアノを弾かなくなって3年、色のない世界にいるように暮らしてきた公正の前に現れたのは、天真爛漫、奇想天外、でも輝いている、美しきヴァイオリニストの女の子、宮園かをりだった――。

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(2巻25ページ)

 

ボーイミーツガール、主人公の成長の物語、そういう枠組みで話せばまさに王道のど真ん中にいるような作品だけれど、この作品が丁寧に編み込んでいる文脈のようなものが、表現の豊かさが、その王道を陳腐にしないで輝かせている。

作中に登場するかをり以外の人物にも、生きるために必要としているものがあり、自分を奮い立たせるものがあり、それを支える出会いがある。出会いの中でなぜか綺麗に見えた景色があって、忘れられない瞬間がある。普段だったら言葉にしないで持っている記憶の中のきらめきみたいなものを全部描かれているような気がしてしまう。わたしはこの気持ちを知っている、と思うと泣きたくなる。巻を重ねるごとに公正とその周りが変化して、どんどん作品の色が鮮やかになっていくのがすごい。

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何気ない日常のシーンが記憶に残る(6巻68-69ページ)

 

中でも圧巻なのが、演奏シーン。漫画では当然ながら、音楽は鳴らない。クラシックに詳しくない読者からすれば、サン=サーンスだの平均律だの言われても、どんな曲なのかさっぱり浮かばない。曲もわからないのに演奏シーンが続くのは退屈かと思いきや、そのコマの流れやその間に入る聴衆の表情がドラマティックで、ものすごく迫力がある。

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(2巻40-41ページ)

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(2巻82-85ページ)

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見開きの大胆な一枚絵、美しい比喩(4巻90-91ページ)

 

この作品の特徴のひとつが、見開きで描かれたページが多いことだ。演奏シーンはその割合が格段に増えるけれど、日常シーンにも登場する。ほぼ中央に来ているコマの線さえ若干斜めになっていたり、視界の広い空のコマが大きくなっていたりする。景色や動的な印象がコマによって迫ってくる。こうして美しい作品ができるのかと思うと惚れ惚れする。

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真ん中の線でもページごとに分けずに斜めになっている(4巻82-83ページ)

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人の切り取り方と、大きな頭上の星空(3巻98-99ページ)

 

「表現をする人、モノをつくる人はみんなこう考えると思うんです」(『公式ガイドブック 四月は君の嘘 Prelude』に収録の新川直司インタビューより/18p)と著者が言う通り、作中には何度も表現する人の苦しみと覚悟が出てくる。「あの瞬間のために生きている」と思えるものがあることの幸福と厳しさを背負っていくのは辛いことも多いけれど、絶対に絶対に楽しい。この刺激の中で生きることに取り憑かれた人はそれを忘れられない。舞台に立ったことのある人には、スポットライトを愛する人には、特に手にしてみてほしい。

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(2巻136-137ページ)

 

物語は、かをりの病気と公正の変化を中心に進んでいく。個人的には完結が素晴らしい作品が好きだし、この作品はまさにその代表例だ。公正が最後につまずきそうになったとき、公正を救ったものに一番揺さぶられた。そう、演奏家はステージに立って弾き続けなければならないし、人は辛くても生き続けていく。ぜひ最後まで見届けてほしい。きっと本棚にずっと置かれる作品になる。

四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

四月は君の嘘(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

 

 

原作の最後までを忠実に描いたアニメ版のカバーのコンピレーションCDが出ているので、そちらをかけながら原作を読むのもおすすめ。アニメ版で音楽を聴いてみるのもおすすめ。

四月は君の嘘 僕と君との音楽帳

四月は君の嘘 僕と君との音楽帳

 

今週のお題「プレゼントしたい本」

タイでの性別適合手術の一部始終のやさしい衝撃、『僕が私になるために』

話題の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』のタイトルが多くの人に衝撃を与え興味をひいたように、「性」に関することは、やはり関心分野として強いのだと思う。同じ性別同士でも他人と同じかどうかは確かめづらいし、異性となればもっと謎だらけという部分も、その関心の理由のひとつではないかと思う。

昨今話題として上がる頻度が高まっているLGBTに関しては、より「知らない・分からない」ことが多い。そんな「謎」のひとつである性別適合手術の一部始終をエッセイとしてコミック化したものが平沢ゆうなさんの『僕が私になるために』だ。

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

ニュースなどのLGBTに関する情報からすると、著者の平沢さんが何かしらに悩んだであろうことは想像に難くないけれど、そこで身構える必要はない。可愛くて愛らしい絵とテンポの良いストーリーと絶妙なコメディ具合で、重くなりすぎないように丁寧に作られている作品だ。

著者が手術に向かったタイはかなりの数の手術が行われているらしく、著者も驚くほどスムーズにスタッフや看護師のアテンドがある。みんな慣れていてノリノリで、読んでいるこっちも著者と一緒に体験したかのように衝撃を受けさせられる。こんな風に。

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(17ページ)

す、すごい!選べるのか!!

むしろ女性として生まれた女性は選べない(いや、もしかしたらそういう手術もあるのだろうけど)わけで、なんとも想像がつかないけれど、その後の性交渉のことを考えると、一度しかない手術で希望を叶えられるのはいい気がする。でも、とはいえ、希望出したところでそれってどうやってつくるの!? と読者は思う。そんな疑問にも、丁寧に解説で応えてくれる。

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(47ページ)

食品で例えての解説、わかりやすいけど、なんか逆に見ちゃいけないような気になる!!(汗)

もちろん、手術のシーンだけではなく、カミングアウトのときの辛さや精神的な悩みにも触れている。フラットで手に取りやすく書いてくださっているけれど、面白おかしくしているわけではない。

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(35、36ページ)

物語は、手術後日本に帰ってきたあとまで触れられている。戸籍変更で裁判所に行かないといけなくて、「事件番号○○の〜」って言われるのに驚いた。ただの扱い上の言葉なのだろうけど、そういう少しずつのことが、当事者の気持ちをすり減らすのかもしれない。

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(113ページ)

きっと、同じように手術を受けた人でも、その悩みや感想は千差万別で、この著者と同じとは限らないと思う。でも、その例のひとつひとつを、こうやってフランクに、フラットに教えてくれることって、とても貴重だと思うのだ。私も同性愛者の友人が「男性を好きな男性にも色々なタイプがある(お化粧や手術等で女性に近づいたりなったりしたいと思うか否かなど)」と解説してくれるまで知らないことだらけだったし、「あの〜……」と聞くのもなんだか失礼にあたる気がしてしまって聞けなかった。

そう、聞けないことだらけなのだ。そのタブー感がある中で、こうして作品として楽しく読ませてくれること、すごくありがたいなあと思う。友達になっても、何が失礼なのかわからないと発言しづらかったり、逆に発言しないと永遠にお互いのことがわからないから。こうして少し糸口があるだけで、たくさんのことを知ることができる。まさに、驚きの連続、知らないことだらけの1冊なのだ。きっかけは、他意なく興味本位でいいと思う。ぜひ手にとってみてください。
 

僕が私になるために (モーニングコミックス)

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

 

死にたいと願う不死身の女性が出会った特別な悲しみ――『兎が二匹』

読むたび何度でも鳥肌が立つ作品がある。山うたさんの『兎が二匹』。孤独と寂しさを抱えた二人の物語だ。

[まとめ買い] 兎が二匹

 

不老不死の体を持ち、398年生き続ける女・すず。彼女と同居している青年・サクの日課は、彼女の自殺ほう助だ。首を絞めたり、刺したり、サクは毎日泣きながらすずを殺すが、彼女は決して死ななかった。

サクは、親に捨てられた自分を拾ってくれたすずに恋心を抱くようになり、すずは、サクもまたあっという間に死んでしまうこと、サクの人生を自分が邪魔することを恐れるようになる。そして彼女が選んだ道は、国に死刑にしてもらうことだった。

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(1巻6ページ)

もしすずのように「死ねない体」になったら、何を目的にして過ごすだろう。どんな飢餓でも、全身が焼けても死なない。普通であれば年齢とともに人生のステージがあって目標ややりたいことや楽しみがある中で、80年なんてとうにこえて400年を生きていたら。そう考えると、人生の時間が限られているからこそ駆り立てられる何かがあるのではないかと思えてくる。

ただ時間が長いだけではなく、周りがどんどん変化していく中で、自分に変化は訪れない。何人もの好きな人が死んでいき、少しでも長く一緒にいれば、年を重ねないことを不審がられる。人とのつながりがあれば生きていけるような気になるが、すずにとってはそれも苦しみのもととなった。

そして、彼女は「死なないだけ」だ。食料がなければお腹がすくし、首を折れば痛いのだ。いっそ何も感じなければ人目につかないところで眠り続けてもいいのかもしれないけれど、死なない以外の感覚は、他の人と全く変わらないところが酷くつらい。食べなくても死なないけれど、お腹がすく。周りの人間は、お腹がすきすぎれば死んでいった。この状況でラッキーだと思える人はそういないだろう。

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(1巻15ページ)

 

すずの苦しみが爆発するかのような自殺シーンは何度見ても衝撃的で、生首になっても数分で生き返る。生き返ると分かっていても、ほう助するサクは大泣きする。死んでしまうから悲しいのではなく、すずが「死にたい」と思っているから悲しい。こんなにすれ違った愛はない。お互いのことが大切すぎて、どんどん離れていくなんて。

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(1巻19ページ/2巻68ページ)

なんと1話で、国の死刑でも死ねずに町に戻ったすずは、サクの死を知ることになる。そこでこの悲しい物語は短編として充分美しくて、完結しても良いくらいに思えるのに、全2巻で続くその先の物語は、それ以上にもっともっともっと美しい。この結末は、ぜひネタバレなく読んでみてほしい。

江戸の飢餓や原爆を落とされた広島などのディテールがつくる重みがすごい。すずがものを何百年も生かし続ける骨董の修理という仕事を生業にしていることも。400年分の風景を背負い、生き続けてきたすずが進む先とは。全部読んでから、このタイトルの秀逸さも分かる。また手放したくない作品に出会った。この方の次の作品も絶対に読みたい。

 

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

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兎が二匹 2 (BUNCH COMICS)

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「天国に一番近い恋」は、涙もカラフルに見えそうなくらいの元気をくれる『きょうのキラ君』

アオハライド』『オオカミ少女と黒王子』などなど、近頃ヒット連発の少女漫画の映画化。次の作品として映画化が発表されたのがこの作品、『きょうのキラ君』。山下智久さん・小松菜奈さんによる『近キョリ恋愛』に続いて、みきもと凛先生2回目の映画化だ。

きょうのキラ君(2) (別冊フレンドコミックス)

 

学校では隅にいて人と目を合わせないようにしている少女・ニノンは、家が隣で不良グループの中心にいる「キラ君」が、余命1年ほどであることを知る。怖いと思っていたキラ君が、寂しさと戦いながら小さな日常を大事にしていることを知って、ふたりは徐々に心を通わせていく。

天国に一番近い恋。

なのに、しゃべる鳥が出てくる。

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(1巻11ページ)

このあたりで「!?」となった方はそのまま突き進んでほしい。病気ものだとつい、重い話、つらい気持ち、戦いの日々、病状や死へのリアリティを想像してしまうし重視されがちだけれど、この作品の一番の魅力は、病気ものである以前に「王道少女漫画」であり、少女漫画である以前に「みきもと凛ワールド」だということなのだ。ここでそれ!? と突っ込まずにはいられないパロディギャグ健在、登場人物の変人っぷりも健在の、もう本当にこの人にしか描けない作品になっている。

キャラの濃い人を紹介しだしたらキリがないのだけれど、例えばキラ君のお父さんは「きゃっ」とか言っちゃう謎の美女。このぺろって舌を出す感じの人がいっぱいいる。でも、こんな風に、胸の奥に抱えているものがある。コメディで、ギャグで、でも、しっとりもうるうるもある。

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(2巻27・32ページ)

 

不思議なことに、これでいいのだ、という安心感がある。病気ものであることを忘れそうなくらいふざけた人たちが多いことも、病名が明かされないまま完結していて病気自体を描いているわけではないことも。前を向かせてくれるどこかプレゼントのような作品。きっと「最後の1年」を授かったなら、こんな風にきらきらして過ごしたい。楽しいことや美しいものを探して、好きな人に出会って、いっぱい感情を揺らして。現実には簡単なことではないかもしれないけど、限られた時間の過ごし方を描いた作品としては、最大限の解答に思える。重たーい話を展開するより、こっちのほうが難しいんじゃないかと唸ってしまう。

もちろん、少女漫画らしいときめきシーンもたくさん。そして個人的には、みきもと先生の描く女子の可愛さにくらくらしてしまう。たまにいる、瞳に吸い込まれそうな女優さんみたいに、目が綺麗で、愛らしくて、ヒーローがかっこいいよりもそっちにときめいているかもしれない。少女漫画は絵柄へのときめきも好きになる要素の大半になると思うから、印象に残したい表情が本当に印象に残るのが好きだ。

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(2巻154ページ)

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(2巻114ページ/女の子がめちゃくちゃかわいい)

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(1巻65ページ/キラ君の表情も印象的)

 

一時期の純愛旋風を巻き起こした『世界の中心で愛をさけぶ』のように、たびたび恋と天国は近くなる。題材としてはむしろ王道だけれど、読むと切ないというより、元気になる。涙もカラフルに見えそうなくらいの、きらきらした日々。映画前にぜひ。

 

近キョリ恋愛 DVD豪華版(初回限定生産)

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みきもと先生の現在の連載はこちら。カバーがいつもかわいすぎてきゅんとします。

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