個人的「 #俺マン2017 」を発表する
2017年も、漫画を愛する人たちのお祭り「俺マン」が開催されました。その年の自分の「推し漫画」をハッシュタグでつぶやくというもので、楽しすぎる集計結果も公式サイトに出てます。
http://oreman.jp/ranking/oreman2017/
それで個人的に投票したものをまた今年も振り返ろうと思います。今のわたしがお勧めする漫画たち、今年の個人的「俺マン」はこちら!
荒ぶる季節の乙女どもよ。
— まるこ (@lebeaujapon) 2017年12月31日
不滅のあなたへ
モブサイコ100
ランウェイで笑って
とんがり帽子のアトリエ
私の少年
恋のツキ
1122
東京タラレバ娘
ラララ
初めて恋をした日に読む話
ふしぎの国の有栖川さん
ふつうの恋子ちゃん
マグメル深海水族館
北北西に曇と往け
真昼のポルボロン#俺マン2017
そしてマイルール1ツイートにしてるので、入れられなかったその他。
そのほかの作品。
— まるこ (@lebeaujapon) 2017年12月31日
応天の門
ダンス・ダンス・ダンスール
ブルーピリオド
百年のワルキューレ
波よ聞いてくれ
僕に花のメランコリー
素敵な彼氏
これは愛じゃないので、よろしく
きっと愛してしまうんだ。
君とワンダーランド
KとKの未婚関係
海月姫
僕らはみんな河合荘
あげくの果てのカノン
違国日記
今年は昨年と変わらず405冊読んでいたみたいです。読み返しているものは入れてなくて、毎回最新刊を読むときは1つ前の巻から読んでるので(忘れっぽくて前の巻が思い出せない)、延べ数だと1.7倍くらいのはず。
今年一番印象に残った作品
毎年、1ツイートに収めて選ぶという意味で、最後3作品くらいはすごく迷うけど、実は「今年はこれ」っていう一番推しの1作は迷ってない気がします。今年は岡田麿里さん原作・絵本奈央さん漫画『荒ぶる季節の乙女どもよ。』。こんな作品は今までなかった。(ちなみにTOPは、2016年『兎が二匹』2015年『応天の門』2014年『神様はじめました』2013年『さよならソルシエ』2012年『ひるなかの流星』)
女の子の「性」にここまで真っ向勝負した作品は初めて見たし、それがものすごくひたむきで切実なのに、いやらしくなく清々しくて、恥ずかしいけど見覚えもある。あっぱれ! という感じのリアルな1作で舌を巻いた。1巻からすごかった。漫画読み以外に勧めるのはちょっとハードルが高いけど、これはフィクションを読むことに慣れてる人にはかなりおすすめ。
誰々と話せて嬉しかった、とか一緒に帰って楽しかった、みたいな恋に、性が混じってくのはいつだっただろう。その出会いはほとんどの人に訪れているわけで、こういう作品がわたしはすごく好き。
2017年登場のフレッシュに驚かされた作品
2017年刊行開始作品は、他にも「この手があったか」みたいな、「待ってました」みたいな、新鮮な驚きに満ちた作品が多かったように思うのだけど、中でもよかったのはこの3つ。『聲の形』の大今良時さんの新作『不滅のあなたへ』、少年誌でありながらファッションデザインがテーマの『ランウェイで笑って』、魔法正統派ファンタジー『とんがり帽子のアトリエ』。
『不滅のあなたへ』の感触はすごい。どこにもカテゴライズしづらいというか、「ああいうのね」「あれに似てる」と言いづらい。これだけ作品数が増えている今、類似しない作品はなかなか珍しいと思う。大今さんが前作に続いてすごいということだけがひたすらわかる。主人公のストーリーなのかもわからないような曖昧さで進んで行くのは、むしろ手塚作品とかを思い出す。世界そのものが主人公みたいな。
『ランウェイで笑って』は、不利な状況にいる主人公が自分のコンプレックスを乗り越えたり正しく勇気を出したりして歩んで行く、才能ぶつかる物語で、『四月は君の嘘』を真っ先に思い出した。爽やかさが似てる。ランウェイでは笑っちゃいけないルールがあるって2巻を読んで初めて知ったのだけど、こういう作品はタイトルから圧倒的に劇的だ。
『とんがり帽子のアトリエ』は、ハリーポッター級の正統派魔法ファンタジー。逆にここまで美しい形のファンタジーはむしろ珍しくて、設定や物語の運び、世界観や衣装のデザインの美しさに惚れ惚れしてしまう。
大人の恋、新章/癒しの恋愛もの
アラサー女子の恋愛もの、人生ものは、FEEL YOUNGやkissを中心にずっと何かしらヒットがあるものだけれど、2017年もとても良い年だった。
思わぬ展開を見せた『私の少年』。これは2016年も大活躍のヒットだったけれど、2017年も目が離せなかった。高野ひと深さんは傷ついた顔が上手い。それに一緒に傷ついてしまう。お願いだから幸せでいてくれ、と思ってしまうし、この圧倒的な絵の上手さよ……。
前作『あそびあい』が話題だった新田章さんの『恋のツキ』は結婚に悩む全女子の心臓を握りつぶす力を持っている。自分の前で平気でダラダラし、約束を破り、なかなか結婚せず、ちゃんとした生活をしてくれない「彼氏」にやきもきしていると、高校生男子が自分を好きだと言ってくる。そんな辛い設定があるだろうか……。彼氏に丁寧に扱われていないと感じる描写のリアルさがすごい。
そしてこのジャンルの名手渡辺ペコさんの新作『1122』。夫の浮気を容認していた主人公が、少しずつ気持ちに変化を感じていく話。性生活とか、相手との距離感とか、本当に些細なことで変わってしまう。しんどい。風俗店に行こうとするとか、結構他の恋愛もの、結婚ものとは違う新たな局面も描かれていて今後も楽しみ。
完結が素晴らしかったのは『東京タラレバ娘』。過激にも見える描写やドラマ化で賛否両論常にあったけど、個人的にはこんなにいいラストはなかった。終わりのいい作品は一生持っていたくなる。自分本位になりそうになったとき、また読み返したい。
個人的に今最も「ときめく」大人の恋愛ものは金田一蓮十郎さんの『ラララ』。なんの気持ちもないのに婚姻届にサインをしてしまって、そこから同居を始め……という妙な始まりかたのカップルが、ロジカルにお互いの存在を大事にして行く話で、このロジカルさがなんとも心地いい。わたしの理想はこれだ! といつも思う。最新6巻がとても良くて読んでいた飛行機でつい泣きそうになってしまった。
持田あきさんの『初めて恋をした日に読む話』もときめきと元気が出る作品。優等生だったけど受験に失敗した主人公が、そのまま腐ってやる気のない塾講師になって過ごしていて、そこへ不良少年がやってくる話。進路とか頑張ることとかに後悔を持ってる主人公が、彼のことを絶対に面倒見る! と決める様子が、お仕事もの的な側面としてもかっこいい。受験のこととか共感できるところも多いので優等生だった女子には刺さると思う。
高校生主人公の正統派少女漫画ではこのふたつが去年挙げた『素敵な彼氏』と並んで好き。可愛すぎる!! 男の子も可愛いんだけど女の子も可愛い。絵も綺麗でおすすめ。『ふしぎの国の有栖川さん』は天然な和風お嬢様がだんだん恋して行く様子なのだけど、男の子ものんびりで余裕があってかっこいい。逆に『ふつうの恋子ちゃん』はかっこよくて人気者の男子剣くんも意外と余裕がないところを見せるのが魅力的。
アラサーものと違って少女漫画は「こんな子いたら好きになっちゃうよ!!」と思えるところがいい。年齢が上がってくると魅力だけじゃなく苦味が出てきてしまうから、少女漫画はやっぱり癒し。
個性的な世界観でふしぎな存在感のある作品
業界的にも注目されている『ランウェイ』とかと違って、ひっそり始まって、一部の人が話題にしているという印象の作品でもたくさんいいのがあった。その中でも心に残ったのが3つ。ここを選ぶのが大変だった……。
『マグメル深海水族館』は個人的には外せない作品。深海に水族館が建設されて、ガラス張りの空間の中から、実際の深海を覗き見るという話。ダイオウイカや深海魚たちをおびき寄せたりする。深海大好きなので、ドキドキが止まらなかった。もっと見たい。
『北北西に曇と往け』はアイスランドが舞台。それだけで結構特殊だけれど、その土地の乾いた感じとか、町の人たちの距離感とか、時間の過ぎる速度が、言葉少なめなのにくっきりと立体的に描かれていて、まるで魔法のようだなと思った。映像が見える。まだ1巻しか出ていないけど、主人公の弟に関する謎も見えてきて、この後も気になる展開。
『真昼のポルボロン』は、9歳の少女「るつぼ」がある日ずっと一緒に暮らしていなかった父親の元に連れてこられる、という話。言葉を話さないるつぼは最初は父親を信頼しないのだけれど、少しずつその関係が変わっていく。妙に潤いのある作品で、どこかの町の匂い、お父さんや食べ物の匂いがする気がする。
5年に1度の殿堂入り
たまに、それこそ5年に1度くらいの頻度で、猛烈に、これは恋だなとしか言えないような、ものすごく好きな作品にであうのだけれど、久々のそれが『モブサイコ100』だった。好きすぎて感情の振れ幅がすごい。とっくに連載も刊行も始まっていたのに、アニメから入ったので知るのが遅くなった。登場人物たちにちゃんと哲学があるところ、それを設定が100%生かしているところ、言葉の使い方、その全てが完璧で読んでいるといつも泣きそうになる。何かフィクションを読むという行為に対して出会いたい感情の全てが詰まっているような作品だなと思う。モブくん大好き。全世界に胸を張って勧めたい。
そのほかで挙げたものにも触れる。本当は全部に投票したかったくらい、以下もおすすめ。
続きを読む『東京タラレバ娘』が最高で最高で最高だった
『東京タラレバ娘』という、平成の少女漫画史に残る問題作がある。
連載途中で吉高由里子さん、榮倉奈々さん、大島優子さんという女優陣を中心にしてドラマ化もされてますます話題になったけれど、そもそも1巻が出たとき、連載が始まったときから、日本中のアラサー女性を斬りつけてくるみたいな鋭い言葉たちで一瞬にして少女漫画界の話題の中心をかっさらっていった。
わたしも何人もの友人の悲鳴を聞いた。普段から漫画を読まない子すら知っているくらいの波及っぷりだった。『タラレバ』は、大問題を正面からずいと見せてくる。「結婚したいなら、幸せになりたいなら、今そうしてていいの?」って。
物語は2020年の東京オリンピック開催が決まったところから始まる。明確な「数年後」が見えたことで、なんとなく仕事を続けている、みたいなものじゃない、はっきりとした未来を想像する。そのとき、自分は何をしているんだっけ?
主人公の倫子と、女子会仲間の香と小雪は33歳。そもそも、東京オリンピック以前に、この年齢には結婚して幸せに暮らしていると思っていた。
この始まりを見たとき、思わず舌を巻いたのを覚えている。まさに「お・も・て・な・し」がニュースに流れまくっていた頃、当時アラサーに足を踏み入れたばかりだったわたしの同世代からも、「その時には結婚してたい」「子どもと見れていたらいいな」なんてつぶやきをtwitter上でたくさん見たからだ。東村さんはご自身の友人の方々がそう言い出したから書いた、とあとがきに書かれているけれど、コミュニティやクラスタが違っても、あのオリンピック決定にはそういうパワーがあったらしい。
倫子たちが日々居酒屋で大量のお酒を飲みながら恋愛ネタで盛り上がり、あることないこと、未来の妄想も過去のちょっとした後悔もないまぜにして滝のように喋っていると、ある日金髪の若い男の子に罵倒される。「オレに言わせりゃあんたらのソレは女子会じゃなくてただの…行き遅れ女の井戸端会議だろ」(1巻41ページ)。そしてこの有名なシーンへと続く。
(1巻42ページ)
そこから倫子を中心とした3人の怒涛の33歳が始まり、婚活パーティーに行ってみたり相席居酒屋に行ってみたりして、3人は日々HPを削られていく。脚本家の倫子はこの後この若者KEYくんと仕事でも絡むことになったり、その仕事が危機に瀕したりして、そんなとき「仕事がダメでも結婚するもん!」となってみたり、「恋はともかく仕事!」ってなってみたり、キャリアに悩む女性の図鑑かのように、ありとあらゆるシーンが出てくる。
その間に男性との出会いもある。
香は、バンドマンで、細くてキレイなモデルの彼女がいる元彼の「りょうちゃん」。彼女の存在も、香が2番目であることも隠しもせずに、「髪の毛とかピアスとか落ちてないよね?」と確認してくる男。
(5巻58ページ)
小雪は、居酒屋の常連になった「大人なのに無邪気で礼儀正しいけど人懐っこくて甘えたがりの可愛い男」(2巻108ページ)、丸井さん。ただし妻子持ち、奥さんと別居中だけどその内情は里帰り出産。
(2巻107ページ)
この二人は浮気だったり不倫だったりとわかりやすくクズなのだけれど、個人的には倫子が出会う男性の「問題点」の描き方が一番説得力があった。顔も体も良くて優しい、映画好きのバーテンダー。完璧で、おしゃれで、そんなこと言うのは贅沢だとも思うのに、話しながら違和感がある。嫌だなと思う会話がある。友人二人も「何言ってるの他はいいんでしょ我慢しなよ」と言うのだけれど、実はこう言う嗅覚こそが、一番「生理的に無理」に近いのだと思う。
(3巻72ページ)
登場する男性陣も「こういう人、いるな〜」という人ばかりだけれど、それ意外にも『タラレバ』は「あるある」「わかるわかる」の宝庫。「出会いがない」と考えるシーンで出てくる「男が皿に乗って回ってくればいいのに」という回転寿司比喩のシーンなんかは分かりすぎて笑ってしまった。なんで社会に出るとこんなに出会うのが難しくなるんだろう。
(2巻41ページ)
結婚式のシーンもすごい。「わたしは30くらいかなー」なんていう何の意味もない予定の会話が繰り広げられる女子トーク。そしてその年齢の頃合いとか台詞の一つ一つが、実は後ろから見られてた!?と思うくらいのディテールですごい。
(5巻102ページ)
マシンガントークやタラとレバーの幻覚の説教だけじゃなく、ふわっとしたモノローグまでも抉ってくる。結局何が欲しいとか、今の自分が何にしがみついてるとか、自然に見ないようにしていることを、倫子たちが呟いてしまう。
(2巻26ページ)
これだけ「リアル」だからこそ、現実を突きつけてくるからこそ、『東京タラレバ娘』は常にああだこうだと論じられる作品だったし、その完結が注目されてきた。結婚するのか、しないのか。まるでそこだけ少女漫画の登場人物のようなKEYくんとくっつく、花畑のような展開が待っているのかどうか。
最後2話に見せた「結論」が、本当に本当に最高だった。最高に最高に最高だった。ふんわりと「やっぱり恋も仕事も大事にして生きていこう」とか言って走り出したりせず、いつの間にか主題が遠ざかって「好き」「俺も」とかなるのでもなく、明確で、はっきりとした「ひとつの答え」が作中の正解として描かれていた。
何か出来事が起きた→相手はわたしのこと好きなのかも→じゃあわたしも好きになろう、という順番(あるいはそうなる前から切り捨てるか)でしか動けなかった倫子が辿り着いたのは、誰とくっつくとかくっつかないとか、結婚できるかできないかなんかよりもずっとずっと大事な一つのことで、「結局少女漫画じゃん」とか言わせない、少女漫画を超えた完璧な「大人の決意」だった。
相手がどうかよりも前にまず、自分がどうかなのだ。
女性が自由になろうとしている時代に結婚を押し付けるなんてありえない、と言った意見がネットでもいくつかあった。でも、この作品は、ちゃんと読めば、「結婚しなきゃダメ」なんて一度も言ってない。「結婚したいなら、どうにかしないとダメなんじゃない?」と言ってるだけだ。結婚だけじゃなく、「仕事で成功したいなら」でもあるし「幸せに生きたいなら」でもある。何か望むことがあるなら、そうなるように動かないとダメなんじゃない?って。
誰かへのダイレクトな説教でもなく、ご意見番としてのインタビューでもなく、ひとつのフィクションの中に意見や思想や答えのひとつを混ぜることって本当にすごいと思う。批判も反対もあってもそんなの関係ないんだ、これは東村さんと『東京タラレバ娘』が出した「答え」なんだから。最終話を読んで、倫子の叫びを聞いて、そのパワフルでがむしゃらで美しい終わりに、誰が何と言おうとこの作品が大好きだった、わたしは『タラレバ』から元気をもらってたんだと気づいてしまった。
2巻の時点で何の気なしに言っていたように見えた「欲しいものは愛なんだ」という言葉。これが最後の倫子の答えに見事につながっていて、この作品が最初から一つの芯によって描かれていたことがわかる。東村先生が最初から最後まで作品を通じて言っていたことはたった二文字、太い筆と墨汁で書いておきたくなる「自立」だったのだと思う。
そして幸せとか愛とか、そういうものを真面目に考えてみるのも悪くないし、真面目に向き合わないときっと手に入らないものなのだ。
俺マン2016を発表する
今年も開催されました、俺マンガ大賞2016。
全体の集計はこれから発表されますが、個人的に選んだものを今年も少しばかり。
わたしの俺マン2016!どーん!
兎が二匹/山うた
— まるこ (@lebeaujapon) 2016年12月31日
カカフカカ/石田拓実
ダンス・ダンス・ダンスール/ジョージ朝倉
私の少年/高野ひと深
素敵な彼氏/河原和音
西荻窪ランスルー/ゆき林檎
ニュクスの角灯/高浜寛
カレは男とシたことない。/都陽子
高嶺と花/師走ゆき
おはよう、いばら姫/森野萌#俺マン2016
そして、これまではマイルール的にハッシュタグ含めて140字以内、ワンツイートでやってたのですが、今年から著者名を入れた分減ったので、おまけのもうワンツイート。
その他:
— まるこ (@lebeaujapon) 2016年12月31日
神様はじめました/俺物語!!/富士山さんは思春期/ハル×キヨ/ラストゲーム/高台家の人々/椿町ロンリープラネット/これは愛じゃないので、よろしく/取り急ぎ、同棲しませんか?/きっと愛してしまうんだ。/恋わずらいのエリー/人魚王子/応天の門/あげくの果てのカノン/恋のツキ
これ含めたら去年までより多いけど、それでも悩みました。今年読んだ漫画は全部で405冊。一昨年306冊、昨年321冊なので伸びてきてる。
今一番愛しい10作品
今年の1番は何と言ってもこれ。山うたさんの『兎が二匹』。
1度記事も書いてるけど、個人的に新作が豊作だった今年の中でも、本当に本当に良かった。一生殿堂入り。新作が豊富だったと言いつつ一番好きなのは「完結が美しい作品」で、この作品はどの場面を切り取っても完璧でした。終わってさらに美しくなる作品。ああ、いつかこの方と仕事してみたいな。
他の作品も素敵なものばかり。
見逃していて今年初めて出会った継続作品の『カカフカカ』は今一番続きを待っている作品。好きすぎる。ルームシェアすることになった家に行ったら昔の元カレがいて、その人と「添い寝」をすることになる、という話なのだけど、そのあらすじだけでは到底伝わらない気持ちの揺れがすごい。男女両方に勧められる少女漫画。
3番目に挙げたのはジョージ朝倉さんの『ダンス・ダンス・ダンスール』。この方はなんでこうも、人が一番きらめく瞬間を描くのが上手いんだろう……! 才能に引きずられてしがみついて生きる人たちの物語。実は今年初めて最後まで『溺れるナイフ』を読んで、これが傑作すぎて度肝を抜かれていたのだけど、そこから何年も経って今描かれてるものがこれなんだと思うとくらくらする。
4番目に挙げたのは『私の少年』。アラサー女性と、赤の他人の小学生の少年との補完関係のような話。おねショタに分類されやすいと思うけど、そんな軽い萌えワードでは説明がつかない繊細さ。これはなんだか新ジャンルな気がする。
少女漫画の新作の中で一番好きだったのはダントツで『素敵な彼氏』。タイトルがシンプルすぎて、女子高生が恋してときめいてって話かなと思っていたら全然違った。誰かを好きになるとかなってもらうってどういうことだっけ、というお題を扱うものは数多くあるのに、どれにもなかった柔らかでピュアな空気感で、おまけにきゅんとさせてもくれるし続きも気になる。ヒーローがあんまり見ないタイプで素敵。
お仕事もので今一番好きなのは『西荻窪ランスルー』。高卒で大学進学を蹴ってアニメーターになる女の子の話。主人公は女の子だけど、周りで働く大人たちの葛藤も出てきて、すごくいい。何年も働いてると目的とか自分が何してるのかとかわからなくなることもあるけど、それでも目の前のものを少しでもよくしたい。仕事ってやっぱり戦いだな。
異色なのは『ニュクスの角灯』。これはとにかく中身の細かさというか、少し前の時代の日本にあった珍しいヨーロッパの品々や骨董品なんかがたくさん出てきて、その暮らしぶりやものたちが本当に素敵。1話ごとに丁寧に描かれてるコラムページもそれだけでフリーペーパーみたいなおしゃれさで、ずっと眺めていられる。マツオヒロミさんの『百貨店ワルツ (リュエルコミックス)』とかが好きな人に本当にお薦めしたい。
自分でも驚いている唯一のBL、『カレは男とシたことない。』は大好きな都陽子さんの作品で、『カレは女とシたことない。 (Feelコミックス)』のスピンオフ。普段BLはよほど話題になったもの以外は読まないのでこういうランキングに入れる日が来るとは思っていなかった……! 『女と〜』の方を先に読むことを圧倒的にお薦めしたいのだけど、このスピンオフも、相手のことを考えて、距離を少しずつはかっていく様子が素敵。この方の感情の描き方がものすごく好きだ。
あとは継続の少女漫画より、『高嶺と花』と『おはよう、いばら姫』を。『高嶺と花』は、御曹司と女子高生というある種の定番設定なのだけど、御曹司が同じ学校にいるわけではなく社会人で、なのに女子高生の方が基本的に立場が上という(笑)すごく楽しい展開。二人のキャラクターがものすごくいい。読むとめちゃくちゃ元気になります。
『おはよう、いばら姫』は特殊な事情で家にほぼ閉じこもっているお嬢様と家政婦として派遣された主人公の話なのだけど、毎巻毎巻、どこかで泣きそうになってしまう。絵も綺麗で、読み終わったあとじんわり「あー今回も良かった」って思う。最近話が動いてきたので、今後が楽しみ。
なんだか2016年は、いつもよりも一層繊細な気持ちの変化を描いているものに惹かれたかもしれない。ただ、本当はまだまだまだまだ紹介したいものがあって、以下は、収まりきらなかった作品たち。
完結作品たち
長く続いてきて雑誌の顔になっていた少女漫画の完結はなんだか寂しいけど、大抵がハッピーエンドなので、めちゃくちゃ幸せでもある。完結の仕方がすごく良かったのは『俺物語!!』と『ラストゲーム』。ああまた読みたい。『神様はじめました』は最初から最後まで大好きすぎたのでいつかがっつり語りたい。『ハル×キヨ』もずっと明るい気持ちで楽しく読める作品で大好きだった。オザキアキラさんはもう新作も始まっているのでそっちも楽しみ。青年漫画では、記事も書いた『富士山さんは思春期』が良かった。いつまでも見ていたかったけど。
安心をくれる少女漫画
今年好きだなあと思った少女漫画はホッとさせられるものが多かった気がする。なんかみんなどこか変だったり、苦労していたり、辛いことがあったりして、だけど誰かと出会って、安心する話。その主人公たちの動きに合わせて、一緒にホッとさせられていた。こんな風に幸せなことがあったらいいな、と純粋に思える、ある意味正統派少女漫画。
『高台家の人々』は、妄想ばっかりしている女性が主人公。妄想とか天然な人がちょっと苦手なのに、全然イライラしないし笑ってしまって、その彼女がなぜ相手に求められたのかがわかってしまうので、それがすごくいい。なぜかわからないけどモテちゃった!っていうんじゃなくて、ちゃんといいところがわかると安心する。
『ひるなかの流星』が大好きだったやまもり先生の新作『椿町ロンリープラネット』も可愛くて好き。この方の絵は服とか髪の留め方とかまでおしゃれで大好き。『これは愛じゃないので、よろしく』は大好きな湯木のじん先生の新作。愛がどうのとか言ってる女の子をウゼーってバカにしてた男の子の方がジタバタしてるのが面白い。
『取り急ぎ、同棲しませんか?』は今一番シンプルにきゅんとする作品!年下男子がとにかく押せ押せで来るという夢のようなシチュエーションで、いいんですこれは夢でも。こんなこと現実にはそうそうないけど、見てるだけで楽しいから大満足。同じく同居もの『きっと愛してしまうんだ。』は会社の同期同士。相手の気遣いや温度の感じ方の表現が一井かずみ先生は素敵。前作より圧倒的に好み!
『恋わずらいのエリー』は妄想が止まらずtwitterで妄想恋愛アカウントを作っているという現代的な設定。なんとそのtwitterまで実際に用意されてる。一見変態な女子だけど、ときめきの部分は本物だからすごい……。ギャグになりすぎてなくて好き。
頭から離れなくなる青年漫画
今年も好きな青年漫画もたくさん。何と言っても一番話題になったのは『あげくの果てのカノン』。不倫×SFというぶっ飛んだ設定で、主人公のかのんが「先輩」を好きすぎるストーカーなのがネット上ですごく話題になったけど、SF部分もしっかり先が気になる感じで、目が離せない。
恋愛模様という意味では『あそびあい』に続いてヒリヒリする恋を描いている新田章さんの『恋のツキ』。だらだらと付き合っている彼氏にときめきを感じないけど、年齢的にはその人と結婚した方がいい。でも、学生の男の子にときめいてしまって……という出口が見えない感じ。絶望を感じる! アラサーでざっくり傷ついてしまう人もいるのでは……。笑
大好きな尾崎かおりさんの新作『人魚王子』はちょっと不思議な出会いを描いた傑作短編集。前作の『神様がうそをつく。 (アフタヌーンKC)』とはまた違うミステリアスな雰囲気で、もっといろんな作品を読んでみたくなった。
最後は一番応援している作品の『応天の門』を今年も。菅原道真と在原業平のタッグ。読めば読むほど道真を好きになる。去年のわたしの俺マン1位にしたのだけど、継続中の今年も面白かった。それでいうと去年2位にした『波よ聞いてくれ』もめちゃくちゃ面白くて信じられないほど面白くてすごかった。
全体の投票はどんな感じになるだろう……!発表は来週14日。楽しみ。
2017年もたくさんの面白い漫画に出会えますように!
どんなモテメソッドも敵わない、いちばん確かな優しさのかたち『富士山さんは思春期』
ハラハラドキドキのバトル、どんでん返し、謎が謎を呼ぶミステリー! そういった起承転結の激しいストーリーがなくても、私たちを魅せてくれる表現がある。ひとつひとつのコマの持つ意味にときめいてしまう、じっくり、じんわりな青春未満を描いた『富士山さんは思春期』(全8巻)だ。
中学生の男女ふたりがつきあって、学校生活と四季を過ごした、それだけの話なのだけれど、これが全く飽きることなく、ページを捲る手が止まらなくなる。
人気の可愛い女子の着替えを覗こうと無茶をしたカンバが見てしまったのは、身長181センチもある大きな女子、富士山牧央の下着姿。女子として見ていなかったのに、その日からドキドキが止まらない……。勢いに任せて「付き合わね?」と言うと、富士山さんもOKしてくれて、ふたりの彼氏彼女としての毎日が始まる。
一瞬一瞬の描写が、汗のはりつく感じや距離が近づいたときの熱まで感じそうなみずみずしさ。中学生のカンバの目線で描かれているぶん、若干のエロ目線はあるものの、とっても爽やか。
(1巻46ページ)
チラッと見える背中とお尻(1巻159ページ)
最初はこの視点のリアルさや、描写の健康的なエロさが魅力なのかと思っていたのだけれど、この作品はそれだけじゃない。本当にすごいのは、富士山さんとカンバの個々の特徴が全編に滲み出るように描かれていることだ。
富士山さんは、待ち合わせ場所にされるほど大きくて、バレー部のスーパースター。それに対して、カンバはどちらかといえば小さくて、顔がいいわけでも部活で活躍してるわけでもなく、何かに熱中しているわけでもない、平均的な中学生男子で、スペック的特徴はあまりない。そのカンバが、富士山さんとつきあっていくために、相手の特徴のこと、相手の気持ちのことを、「女子」という大きなくくりでも、モテるためのマニュアルでもなく、必死に考えていく。
「大きいね!」と声をかけられたときに、心配してチラリと表情を伺う。
映画もボウリングも服選びも体が大きくて楽しめないと言われたから、帽子をプレゼントに選んでくる。
幼少期、滑り台で遊ぼうとしたら「小さい子に譲りなさい」と言われたと聞いて、相合傘を持とうとする。
立派なお寿司を見て出せずにいた差し入れのおにぎりを「腹へった」と食べる。
自分が取れない高い場所にあるものを富士山さんにとってもらう時なんかは、カンバも悔しそうにするけれど、彼は自分が負けて嫌だからというよりも、何倍も何倍も多く、常に富士山さんを気遣っている。それが押し付けがましくなくていい。一緒に楽しみたい、好き、そういう混じり気のない気持ちが根底にあるからこそ、地に足をつけて優しい。
最初はカンバも、同級生に「富士山はナイ」「女じゃない」と言われて好きになることをためらっていたけれど、一度彼女と向き合った後の彼は、なんのスペックもなくても、本当に本当に、世界一かっこいい。相手の状況や気持ちを考えて行動する、それひとつだけで、優しさが行動になるんだなと思える。車道側を歩こう、プレゼントは喜ぼう、すごーいって褒めよう、毎日好きだって伝えよう、そんなふうに教えられてやることなんて、きっと本当に伝わるものではないのだ。
一緒にいたいと思うふたりの過ごすピュアな時間と、日常に隠れた喜びは、ひとつひとつのときめきがすごい。同級生たちと花火を見ながらこっそり繋いだ手や、一緒に委員会に入ろうという約束。合宿でベランダとベランダで少しの時間だけ話す夜。どのシーンも捨てがたい。
一緒にテスト勉強したところが出るとテスト中に「あっ」て思う。
(2巻142ページ)
(4巻46ページ)
もらった絆創膏が濡れないようにお風呂に入る。
(3巻153、158ページ)
こんな時代あったなあ!あっただろうか!! あった人もなかった人も、このふたりには思わずほっこりするはず。わたしの中では確実に殿堂入りの作品だ。
お話は中学3年生の夏で終わるが、中学生の恋は、ほとんどが大人まで続かない。そんなことをチラリと考えてしまいつつ、このふたりがいつまでも一緒にいてくれたらいいなと思うし、きっと、お別れが来てもふたりらしいやりとりがあるんだろうなと思うと、それも思春期かあ、と思ったりする。8巻読み終わる頃にはすっかり、どこかで生きているような気がしてしまっている。
まだの方はぜひ!
作者・オジロマコトさんの今の連載はこちら。
大雑把女子と童貞男子の不毛な、いや、実りあるバトルに注目!『カレは女とシたことない。』
作品を構成する要素がパズルのようになっているとしたら、そのすべてが妙にかちっとはまるみたいな、気持ちの良い作品にたまに出会う。こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけれど、それは作品や著者と「気が合う」みたいな感覚で、私にとって都陽子さんはそんな著者のひとりだ。好きすぎて毎回新刊を楽しみにしている。
今回紹介する『カレは女とシたことない。』は、32歳でお見合いをしたら相手が同級生の童貞だった、という話。タイトルも帯の「お見合い相手は32年間チェリー様。」も煽っている感じだけれど、それとは裏腹に、中身は誠実に人と向き合うコツが見えてくるハートフルな(?)作品だ。
32歳で焦って婚活を始めた亜希子がお見合いで出会ったのは、学生時代にイケメン御三家として扱われていた市原くん。一度会ったあと水族館に誘われて行くのだけれど、そのときの衝撃シーンがこちら。
(11ページ)
「まねっこ」……!!!!
次のページで亜希子も「えええかっわ…!!」と言っている通り、この嫌味のないナチュラルに天然でかわいい男子、たまにいるんだよ……! とのっけからくらくらします。そして大抵の女子が発する「かわいい」はすべてのほめ言葉の総称なので、ぐいぐい魅力的に感じるわけです。そのあとも食事に行き、やっぱいいなあ、この人と一緒にいたいなと思い始める亜希子ですが、ここで問題の告白が訪れます。
(16・17ページ)
ええええ〜〜〜〜〜!!!
でも亜希子からすれば、実は女がいるとか無職とかより、あははと笑ってしまえることだったよう。意外に男性側が気にしてるだけで、驚きはするけど気にしないという人は多いのではないかと思うけれど、ともかく市原くんは明るく笑ってくれた亜希子に救われて、ふたりの交際がスタートします。
8年間彼氏がいなかったがさつな亜希子と、優柔不断で童貞の市原くん。交際が始まったからといって、そこでめでたしとは当然ならない。そこで登場する市原くんの家族が、また曲者ぞろい。美人で料理上手な女性として兄といちゃいちゃする妹・聖(実は男)に驚いただけでは飽き足らず、実家で出会うお姉さんと母親が亜希子の一挙一動にずばずばと難癖をつけてくる……。
(30・61ページ)
こういうところのあるある感、この家族が出てくることで、市原くんがなぜ今みたいに気弱に育ったのかがわかるし、なぜ聖がお兄ちゃん子なのかも分かる。登場人物同士の性格の噛み合いがものすごいはまり方で、都陽子さんの作品の一番気持ちいいところだと思う。
ふたりは色々な問題を一つずつ超えていくのだけれど、一度大きな喧嘩が訪れます。そのときの亜希子の台詞が、「そんなんだから今まで童貞なんじゃん!」……! 自分が許容できるかどうかとは別に事実として「童貞」はあって、細かな言動のひとつひとつが結果にもつながっているというこのつらすぎる一言。すぐに亜希子にもブーメランが返ってくる。
(94ページ)
ただ単に彼がイケメンなのに童貞でした、という話ではなくて、それにはやっぱり理由があるし、自分とその人が一緒にいようとしていることにも理由がある。喧嘩でふたりが発する言葉が性格の違いもよく表していて読みながら「うわぁ…あるあるあるある……」となること必至。そのあとふたりはどうなるのか、8年彼氏がいない大雑把女子と優柔不断童貞男子の不毛な、いや、実りあるバトルに注目。こういう人ってこういう服着てるとか、そうそうこういう仕草する! とか、フィットする感覚が心地よくてどんどん好きになってしまうので、全編通してディティールを是非見てほしい。
個人的には、この漫画の本編のあとに収録されている番外編『まだ聖くんだった頃』が良すぎて即ノックアウトされた。漫画ではときどき、この一言が、このワンシーンが、この表情が忘れられないという瞬間に出会うけれど、居酒屋で鏡に向かう聖の表情の艶っぽさがものすごく綺麗。ばかみたいでも、非現実的でも、恋するっていいなあ! 聖が亜希子の弟を、恋というより「信頼」した瞬間の描き方がすごく自然なのに鮮やか。1巻完結で番外編も同時収録なので、最後までぜひ!
こちらも1巻完結。おすすめ。
地下アイドル、職場の男にバレまして (FEEL COMICS swing)
- 作者: 都陽子
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2015/12/04
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現在連載中の作品。続刊あり。
わたしはあなたの犬になる(1) (FEEL COMICS swing)
- 作者: 都陽子
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2016/04/20
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『夕暮れライト』みたいに、帰りたい家があるっていいな
ごくごく普通のなんの変哲もない家に生まれて、わたしにとって家は、「帰りたい場所」だったかというとそうでもない気がする。むしろ、学校とか遊びとか、「行きたい」の気持ちの方が圧倒的に強くて、思い入れのほとんどは家の外にあった。今の一人暮らしの家は大好きだけど、「誰かがいる家」とはやっぱり違う。
夕暮れ時になって、日が沈んできた町に、ぽつぽつと家の灯りがともる。それを見ていたら帰りたくなる――そんな瞬間をテーマに書かれたのが宇佐美真紀さんの『夕暮れライト』(全5巻)だ。
父親が再婚を考えている相手が住むマンションに引っ越してきたちなみは、再婚相手の娘・和音と、和音の隣に住む相馬兄弟に出会う。再婚相手と和音を家族になれる人なのか見極めようとするけれど、逆に相馬兄弟がちなみのことをリサーチしてくる。
和音を守るために警戒する相馬兄弟(1巻69ページ)
はっきりものを言う性格で一人になっていたちなみと、控えめで大人しいせいで一人でいる和音。余計な仕事を押し付けられていた和音を守って啖呵を切ったちなみに、和音は惹かれていく。強がってなかなか素直になれないちなみも、和音と姉妹になることを嬉しく思うようになる。相馬兄弟も和音を守ったちなみのことを認めていって、4人は微妙なバランスの中で仲を深めていくけれど……。
啖呵を切るちなみ。こういうこと言ってしまうのが分かる人には絶対ささる(1巻49ページ)
いきなり、この間まで知らなかった人と家族になるのは、簡単じゃない。恋をするのも、簡単じゃない。うまく言えない言葉や、傷つけないために飲み込んだ気持ちがあって、そんなとき、隣にいてくれたことは、きっと、その人を信頼するには充分だ。
日が沈むまでただしゃべったことや、教科書に落書きしあったこと、同じ音楽が好きだったこと。手をつなぐとか抱きしめるとかそんなことしなくても、その日の嫌なこと全部ふきとばすくらい嬉しい小さな瞬間があったことを思い出す。宇佐美さんの描くときめきは丁寧でとても好きだ。
雄大との河原。(1巻43ページ)
奏多との河原。(3巻96ページ)
柔和だけれど陰のある兄の奏多、強くて優しい弟の雄大。タイプの違う兄弟に振り回されながら読むのもやっぱり少女漫画の醍醐味。恋愛がどうなっていくのかはここではネタバレしないけれど、宇佐美さんの描く絵は品があって綺麗で、男の子には上品な色気があって、腕や手とか、大雑把にきたTシャツまでかっこいい。
少女漫画のときめきってやっぱり絵も大きい(1巻124ページ)
扉絵は本当にどれも可愛い、この手最高だ(2巻6話扉絵)
誰かに会えるから、家に帰るのが楽しみになるのっていいなあ。きっと悲しいことがあっても、またちゃんと帰りたくなる。隣にいてくれる誰かが、自分の大好きな親友と頼りになる男の子だなんて最高だ。ほっこりして、時々じんわり涙がにじむ。これからの空気がひんやりしてくる季節、ほっとしたい人はぜひ。
インテリ男子が好みの方には宇佐美さんの『ココロ・ボタン』もおすすめ!
大切な人に贈りたい、まるで球体のような美しく完璧な全11巻『四月は君の嘘』
「あまり知られていないニッチな作品を少しでも広めること」はレビューを書くときにやりたいことのひとつではあるけれど、名作中の名作というのもまた、書いておきたくなる。『四月は君の嘘』はそんな作品だ。まるで球体のような、美しい映画のような、完璧な全11巻。先日、番外編を収録した『四月は君の嘘 coda』が発売されて、力を抜くつもりで手にした短編たちにも泣かされそうになってしまって驚いた。「漫画って面白いの?」という人がいたら、「漫画なんて読んで!」と怒るお母さんがいたら、ぜひ薦めたい名作だ。
主人公の有馬公正は、かつて有名コンクールで数多くの優勝を手にした天才ピアニスト。その演奏は緻密で正確。“ヒューマンメトロノーム”や“操り人形”と揶揄された彼は、母親の死の直後、11歳でピアノが弾けなくなった。自分の弾くピアノの音だけが聞こえない。これは罰だ――。ピアノを弾かなくなって3年、色のない世界にいるように暮らしてきた公正の前に現れたのは、天真爛漫、奇想天外、でも輝いている、美しきヴァイオリニストの女の子、宮園かをりだった――。
(2巻25ページ)
ボーイミーツガール、主人公の成長の物語、そういう枠組みで話せばまさに王道のど真ん中にいるような作品だけれど、この作品が丁寧に編み込んでいる文脈のようなものが、表現の豊かさが、その王道を陳腐にしないで輝かせている。
作中に登場するかをり以外の人物にも、生きるために必要としているものがあり、自分を奮い立たせるものがあり、それを支える出会いがある。出会いの中でなぜか綺麗に見えた景色があって、忘れられない瞬間がある。普段だったら言葉にしないで持っている記憶の中のきらめきみたいなものを全部描かれているような気がしてしまう。わたしはこの気持ちを知っている、と思うと泣きたくなる。巻を重ねるごとに公正とその周りが変化して、どんどん作品の色が鮮やかになっていくのがすごい。
何気ない日常のシーンが記憶に残る(6巻68-69ページ)
中でも圧巻なのが、演奏シーン。漫画では当然ながら、音楽は鳴らない。クラシックに詳しくない読者からすれば、サン=サーンスだの平均律だの言われても、どんな曲なのかさっぱり浮かばない。曲もわからないのに演奏シーンが続くのは退屈かと思いきや、そのコマの流れやその間に入る聴衆の表情がドラマティックで、ものすごく迫力がある。
(2巻40-41ページ)
(2巻82-85ページ)
見開きの大胆な一枚絵、美しい比喩(4巻90-91ページ)
この作品の特徴のひとつが、見開きで描かれたページが多いことだ。演奏シーンはその割合が格段に増えるけれど、日常シーンにも登場する。ほぼ中央に来ているコマの線さえ若干斜めになっていたり、視界の広い空のコマが大きくなっていたりする。景色や動的な印象がコマによって迫ってくる。こうして美しい作品ができるのかと思うと惚れ惚れする。
真ん中の線でもページごとに分けずに斜めになっている(4巻82-83ページ)
人の切り取り方と、大きな頭上の星空(3巻98-99ページ)
「表現をする人、モノをつくる人はみんなこう考えると思うんです」(『公式ガイドブック 四月は君の嘘 Prelude』に収録の新川直司インタビューより/18p)と著者が言う通り、作中には何度も表現する人の苦しみと覚悟が出てくる。「あの瞬間のために生きている」と思えるものがあることの幸福と厳しさを背負っていくのは辛いことも多いけれど、絶対に絶対に楽しい。この刺激の中で生きることに取り憑かれた人はそれを忘れられない。舞台に立ったことのある人には、スポットライトを愛する人には、特に手にしてみてほしい。
(2巻136-137ページ)
物語は、かをりの病気と公正の変化を中心に進んでいく。個人的には完結が素晴らしい作品が好きだし、この作品はまさにその代表例だ。公正が最後につまずきそうになったとき、公正を救ったものに一番揺さぶられた。そう、演奏家はステージに立って弾き続けなければならないし、人は辛くても生き続けていく。ぜひ最後まで見届けてほしい。きっと本棚にずっと置かれる作品になる。
原作の最後までを忠実に描いたアニメ版のカバーのコンピレーションCDが出ているので、そちらをかけながら原作を読むのもおすすめ。アニメ版で音楽を聴いてみるのもおすすめ。
今週のお題「プレゼントしたい本」