物語のなかをぐるぐる廻る

すきなものをならべていく

タイでの性別適合手術の一部始終のやさしい衝撃、『僕が私になるために』

話題の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』のタイトルが多くの人に衝撃を与え興味をひいたように、「性」に関することは、やはり関心分野として強いのだと思う。同じ性別同士でも他人と同じかどうかは確かめづらいし、異性となればもっと謎だらけという部分も、その関心の理由のひとつではないかと思う。

昨今話題として上がる頻度が高まっているLGBTに関しては、より「知らない・分からない」ことが多い。そんな「謎」のひとつである性別適合手術の一部始終をエッセイとしてコミック化したものが平沢ゆうなさんの『僕が私になるために』だ。

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

ニュースなどのLGBTに関する情報からすると、著者の平沢さんが何かしらに悩んだであろうことは想像に難くないけれど、そこで身構える必要はない。可愛くて愛らしい絵とテンポの良いストーリーと絶妙なコメディ具合で、重くなりすぎないように丁寧に作られている作品だ。

著者が手術に向かったタイはかなりの数の手術が行われているらしく、著者も驚くほどスムーズにスタッフや看護師のアテンドがある。みんな慣れていてノリノリで、読んでいるこっちも著者と一緒に体験したかのように衝撃を受けさせられる。こんな風に。

f:id:le_beaujapon:20160821230857p:plain
(17ページ)

す、すごい!選べるのか!!

むしろ女性として生まれた女性は選べない(いや、もしかしたらそういう手術もあるのだろうけど)わけで、なんとも想像がつかないけれど、その後の性交渉のことを考えると、一度しかない手術で希望を叶えられるのはいい気がする。でも、とはいえ、希望出したところでそれってどうやってつくるの!? と読者は思う。そんな疑問にも、丁寧に解説で応えてくれる。

f:id:le_beaujapon:20160821231556p:plain
(47ページ)

食品で例えての解説、わかりやすいけど、なんか逆に見ちゃいけないような気になる!!(汗)

もちろん、手術のシーンだけではなく、カミングアウトのときの辛さや精神的な悩みにも触れている。フラットで手に取りやすく書いてくださっているけれど、面白おかしくしているわけではない。

f:id:le_beaujapon:20160821232354p:plain

f:id:le_beaujapon:20160821232423p:plain
(35、36ページ)

物語は、手術後日本に帰ってきたあとまで触れられている。戸籍変更で裁判所に行かないといけなくて、「事件番号○○の〜」って言われるのに驚いた。ただの扱い上の言葉なのだろうけど、そういう少しずつのことが、当事者の気持ちをすり減らすのかもしれない。

f:id:le_beaujapon:20160821233621p:plain
(113ページ)

きっと、同じように手術を受けた人でも、その悩みや感想は千差万別で、この著者と同じとは限らないと思う。でも、その例のひとつひとつを、こうやってフランクに、フラットに教えてくれることって、とても貴重だと思うのだ。私も同性愛者の友人が「男性を好きな男性にも色々なタイプがある(お化粧や手術等で女性に近づいたりなったりしたいと思うか否かなど)」と解説してくれるまで知らないことだらけだったし、「あの〜……」と聞くのもなんだか失礼にあたる気がしてしまって聞けなかった。

そう、聞けないことだらけなのだ。そのタブー感がある中で、こうして作品として楽しく読ませてくれること、すごくありがたいなあと思う。友達になっても、何が失礼なのかわからないと発言しづらかったり、逆に発言しないと永遠にお互いのことがわからないから。こうして少し糸口があるだけで、たくさんのことを知ることができる。まさに、驚きの連続、知らないことだらけの1冊なのだ。きっかけは、他意なく興味本位でいいと思う。ぜひ手にとってみてください。
 

僕が私になるために (モーニングコミックス)

僕が私になるために (モーニングコミックス)

 

 

死にたいと願う不死身の女性が出会った特別な悲しみ――『兎が二匹』

読むたび何度でも鳥肌が立つ作品がある。山うたさんの『兎が二匹』。孤独と寂しさを抱えた二人の物語だ。

[まとめ買い] 兎が二匹

 

不老不死の体を持ち、398年生き続ける女・すず。彼女と同居している青年・サクの日課は、彼女の自殺ほう助だ。首を絞めたり、刺したり、サクは毎日泣きながらすずを殺すが、彼女は決して死ななかった。

サクは、親に捨てられた自分を拾ってくれたすずに恋心を抱くようになり、すずは、サクもまたあっという間に死んでしまうこと、サクの人生を自分が邪魔することを恐れるようになる。そして彼女が選んだ道は、国に死刑にしてもらうことだった。

f:id:le_beaujapon:20160806230724p:plain
(1巻6ページ)

もしすずのように「死ねない体」になったら、何を目的にして過ごすだろう。どんな飢餓でも、全身が焼けても死なない。普通であれば年齢とともに人生のステージがあって目標ややりたいことや楽しみがある中で、80年なんてとうにこえて400年を生きていたら。そう考えると、人生の時間が限られているからこそ駆り立てられる何かがあるのではないかと思えてくる。

ただ時間が長いだけではなく、周りがどんどん変化していく中で、自分に変化は訪れない。何人もの好きな人が死んでいき、少しでも長く一緒にいれば、年を重ねないことを不審がられる。人とのつながりがあれば生きていけるような気になるが、すずにとってはそれも苦しみのもととなった。

そして、彼女は「死なないだけ」だ。食料がなければお腹がすくし、首を折れば痛いのだ。いっそ何も感じなければ人目につかないところで眠り続けてもいいのかもしれないけれど、死なない以外の感覚は、他の人と全く変わらないところが酷くつらい。食べなくても死なないけれど、お腹がすく。周りの人間は、お腹がすきすぎれば死んでいった。この状況でラッキーだと思える人はそういないだろう。

f:id:le_beaujapon:20160806231316p:plain
(1巻15ページ)

 

すずの苦しみが爆発するかのような自殺シーンは何度見ても衝撃的で、生首になっても数分で生き返る。生き返ると分かっていても、ほう助するサクは大泣きする。死んでしまうから悲しいのではなく、すずが「死にたい」と思っているから悲しい。こんなにすれ違った愛はない。お互いのことが大切すぎて、どんどん離れていくなんて。

f:id:le_beaujapon:20160806231134p:plain
f:id:le_beaujapon:20160806231209p:plain
(1巻19ページ/2巻68ページ)

なんと1話で、国の死刑でも死ねずに町に戻ったすずは、サクの死を知ることになる。そこでこの悲しい物語は短編として充分美しくて、完結しても良いくらいに思えるのに、全2巻で続くその先の物語は、それ以上にもっともっともっと美しい。この結末は、ぜひネタバレなく読んでみてほしい。

江戸の飢餓や原爆を落とされた広島などのディテールがつくる重みがすごい。すずがものを何百年も生かし続ける骨董の修理という仕事を生業にしていることも。400年分の風景を背負い、生き続けてきたすずが進む先とは。全部読んでから、このタイトルの秀逸さも分かる。また手放したくない作品に出会った。この方の次の作品も絶対に読みたい。

 

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

兎が二匹 1 (BUNCH COMICS)

 
兎が二匹 2 (BUNCH COMICS)

兎が二匹 2 (BUNCH COMICS)

 

試し読みはこちらから。

yamauta.o0o0.jp

「天国に一番近い恋」は、涙もカラフルに見えそうなくらいの元気をくれる『きょうのキラ君』

アオハライド』『オオカミ少女と黒王子』などなど、近頃ヒット連発の少女漫画の映画化。次の作品として映画化が発表されたのがこの作品、『きょうのキラ君』。山下智久さん・小松菜奈さんによる『近キョリ恋愛』に続いて、みきもと凛先生2回目の映画化だ。

きょうのキラ君(2) (別冊フレンドコミックス)

 

学校では隅にいて人と目を合わせないようにしている少女・ニノンは、家が隣で不良グループの中心にいる「キラ君」が、余命1年ほどであることを知る。怖いと思っていたキラ君が、寂しさと戦いながら小さな日常を大事にしていることを知って、ふたりは徐々に心を通わせていく。

天国に一番近い恋。

なのに、しゃべる鳥が出てくる。

f:id:le_beaujapon:20160728011842p:plain
(1巻11ページ)

このあたりで「!?」となった方はそのまま突き進んでほしい。病気ものだとつい、重い話、つらい気持ち、戦いの日々、病状や死へのリアリティを想像してしまうし重視されがちだけれど、この作品の一番の魅力は、病気ものである以前に「王道少女漫画」であり、少女漫画である以前に「みきもと凛ワールド」だということなのだ。ここでそれ!? と突っ込まずにはいられないパロディギャグ健在、登場人物の変人っぷりも健在の、もう本当にこの人にしか描けない作品になっている。

キャラの濃い人を紹介しだしたらキリがないのだけれど、例えばキラ君のお父さんは「きゃっ」とか言っちゃう謎の美女。このぺろって舌を出す感じの人がいっぱいいる。でも、こんな風に、胸の奥に抱えているものがある。コメディで、ギャグで、でも、しっとりもうるうるもある。

f:id:le_beaujapon:20160728011625p:plain

f:id:le_beaujapon:20160728011655p:plain
(2巻27・32ページ)

 

不思議なことに、これでいいのだ、という安心感がある。病気ものであることを忘れそうなくらいふざけた人たちが多いことも、病名が明かされないまま完結していて病気自体を描いているわけではないことも。前を向かせてくれるどこかプレゼントのような作品。きっと「最後の1年」を授かったなら、こんな風にきらきらして過ごしたい。楽しいことや美しいものを探して、好きな人に出会って、いっぱい感情を揺らして。現実には簡単なことではないかもしれないけど、限られた時間の過ごし方を描いた作品としては、最大限の解答に思える。重たーい話を展開するより、こっちのほうが難しいんじゃないかと唸ってしまう。

もちろん、少女漫画らしいときめきシーンもたくさん。そして個人的には、みきもと先生の描く女子の可愛さにくらくらしてしまう。たまにいる、瞳に吸い込まれそうな女優さんみたいに、目が綺麗で、愛らしくて、ヒーローがかっこいいよりもそっちにときめいているかもしれない。少女漫画は絵柄へのときめきも好きになる要素の大半になると思うから、印象に残したい表情が本当に印象に残るのが好きだ。

f:id:le_beaujapon:20160728005106p:plain

(2巻154ページ)

f:id:le_beaujapon:20160728011339p:plain
(2巻114ページ/女の子がめちゃくちゃかわいい)

f:id:le_beaujapon:20160728011454p:plain

(1巻65ページ/キラ君の表情も印象的)

 

一時期の純愛旋風を巻き起こした『世界の中心で愛をさけぶ』のように、たびたび恋と天国は近くなる。題材としてはむしろ王道だけれど、読むと切ないというより、元気になる。涙もカラフルに見えそうなくらいの、きらきらした日々。映画前にぜひ。

 

近キョリ恋愛 DVD豪華版(初回限定生産)

近キョリ恋愛 DVD豪華版(初回限定生産)

 

みきもと先生の現在の連載はこちら。カバーがいつもかわいすぎてきゅんとします。

www.cinemacafe.net

自分に構築された考え方とひたすら向き合って戦う10年間――『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

pixivで話題となった「レズ風俗レポ」が書籍になって刊行されました。わたしはレズビアンではないけれど、pixiv掲載当時、その響きにはなんだか惹かれる気がして、本当に興味だけで覗いたものでした。実際に体験している部分は衝撃的で、ずっと記憶に残っていた作品です。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

今回の書籍化は、pixivで公開された「本番」よりも前、作者の永田さんがどうしてレズ風俗に行こうと決めたのかを語る10年間が加筆されています。
大学を半年で退学し、鬱と摂食障害になっていた作者。焦ってバイトを始めるも辛くなって遅刻早退欠勤が増え、最終的には解雇されたりと、壮絶な日々を送ります。痩せて身体が弱ってボロボロになっていくのが「うれしかった」と語られていて、こういう感覚は多分、共感度合いが読み手によって大きく変わる部分になるはず。わたし自身は大学に行き会社に入り、幸いにも健康を損なったり大きなトラブルになったりせずに過ごしてきて、どちらかといえば驚きと心配とともに読み進めていました。
びっくりしたのが、アルバイトのレジ打ちの最中でも「発狂しそうな食べたさ」の過食衝動がくるシーン。作者はトイレに行くふりをして更衣室に駆け込み、とにかく食べられるものを食べます。お湯を入れないでカップめんの麺をかじって麺が血に染まるというエピソードについ一瞬手が止まりました。

f:id:le_beaujapon:20160630230833p:plain
(15ページ)

家族との関係や自分に構築された考え方とひたすら向き合って戦う10年間。重そうにも思えますが、その語りがとても冷静で(振り返れているからなのだけど)ロジカルでテンポが良くて、似たような経験をしていない人でも想像しながら読めてしまいます。
「死にたい」とずっと思っていたという作者ですが、作中では「ほしい物も行きたい所もわからない」という中でも、「抱きしめてほしい」「マンガを描きたい」「キラキラした大人になりたい」などの希望を一つずつ見つけて進んでいきます。
とても印象に残ったのは、ムダ毛の処理をして、お風呂に入って、綺麗な服を着るようになるところ。どんな人でも、部屋が汚れているときとか、あまりきちんと寝なかったりとか、メイクを落とさずに寝たとか、「自分を大事にしてない」感覚には覚えがある気がして、ほんの小さな余裕をつくることや自分のために行動したときのすっきりとした感じはとてもわかる、と思ったから。

f:id:le_beaujapon:20160630231103p:plain
f:id:le_beaujapon:20160630231139p:plain
(66、67ページ)

タイトルになっている「レズ風俗」のシーンは全体の中ではとても少ないです。でも、この1話分が、お風呂のお湯の温度やシーツの肌触りまで感じられそうなくらいの迫力。性に対する知識や自信が最初からあるなんて人はいないわけで、結構な割合の人が不安や怖さを感じたはずで、「レズ風俗」という体験したことのない状況の描写が、その全身の毛が逆立つような緊張感を伝えてくれます。誰かの前で裸になるのって、友達と温泉くらいでも結構緊張するのに、触ったり触られたりするって、ほんとにすごいことだ。

f:id:le_beaujapon:20160630231246p:plain
(91ページ)

きっと読み手の辿ってきた人生や考え方によって、この漫画に抱く感想は全然違います。大共感、という人もいれば、はてなが浮かぶ人もいるだろうし、共感するポイントも全然違う。わたしはこの作者さんと同じさみしさを体験したことがあるわけではないけれど、「性的なことはタブーで考えてもいけない」って思っていたのはすごくすごく身に覚えがあったし、風俗なんてけしからんと思う人もいるだろうけど、わたしはこんな風俗だったらいいなと思いました。合うか合わないか、それは読んでみるまでわからないから、(この記事を含め)他の人の感想より、まずちょっと読んでみてほしい作品です。ぜひ。

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

知らなかった感情と出会った瞬間を忘れないように――ものや動物の声が聴こえるイノセントファンタジー『ひそひそ』

もういつ知ったか思い出せないけれど、わたしたちが持っているひとつひとつの感情は、最初から持っているものではない気がする。「嫌だ」や「うれしい」はごく幼い頃からあったとしても、「さびしい」「やるせない」「ふがいない」「悔しい」「愛しい」なんかの少し複雑な気持ちは、きっとどこかに出会った瞬間がある。こんな気持ちにははじめてなった、という瞬間は、忘れているだけできっとたくさんあったのだと思う。

そんな感情との出会いを丁寧に描いた作品が、藤谷陽子さんの『ひそひそ』(全6巻)だ。

ひそひそ-silent voice- (6) (シルフコミックス)

 

幼い頃、ものや動物の声を聴く能力を持っていた高校生の主人公・光路は、ある日、自分と同じ能力を持ち、周囲と会話する小学生の男の子・大地と出会う。その出会いから再び能力が戻った光路は、まるで昔の自分をやり直すように、その力と向き合っていくことを決心する。

f:id:le_beaujapon:20160620003647p:plain f:id:le_beaujapon:20160620003519p:plain
(1巻46ページ/118ページ)

 

能力を歓迎されなかった子どもの頃の記憶から、光路は大地のことを気にかけ、大地が上手に大人になれるよう見守っていく。気持ち悪がられないか。人との距離はうまくはかれているか。
大地の心配をしていたはずなのに、改めてたくさんの声に触れて、いつの間にか自分自身が少しずつ変化していることに気づいていく。

f:id:le_beaujapon:20160620004535p:plain f:id:le_beaujapon:20160620004613p:plain
(1巻133ページ/2巻35ページ)

 

子どもから大人になる過程で消えてしまうと言われている力。再び光路のもとにやってきた能力がもたらしたものはなんだったのか。大人になりかけている自分だからこそ知っていることもあれば、大人に近いはずなのにうまく扱えていないこともある。年齢を重ねれば経験も知っている感情も多いはずなのに、全然器用にこなせない。成長していくのって、こんなに歯がゆくて難しかったかな、と思うと、不思議と前向きな「やれやれ」という笑みがこぼれてくる。誰かの優しさに触れて、やるっきゃないな、と力を抜いて、また一歩歩き出す気持ちが湧いてくる。『ひそひそ』の描き出す登場人物たちの成長はゆっくりだけど、とても優しい。

 

執着がなく薄っぺらい毎日を送っていた光路が「照れ」や「安堵」の感情、「思い入れ」や「心の許し方」を知っていくのも目が離せないのだけれど、ラストには、この作品で一番心震える大きな感情との出会いが訪れる。こういう大きな出会いはきっとこの先の性格や選択にも影響を与えるような原体験になることを想像すると鳥肌が立つ。そしてどんな経験も、それを知ったことは無駄にならないことを、大きな糧になることを、読者はすでに知っているからこそ、なんだか泣きたい気持ちになる。

作品はファンタジー要素のある設定だけれど、わたしたちにとっても全く距離のない物語。この一瞬を、誰かの言葉を、忘れないようにしたい――そう思って少しだけ背筋をしゃんとしたくなる。

ひそひそ 1 (シルフコミックス 36-1)

ひそひそ 1 (シルフコミックス 36-1)

 

 

子ども×大人のハートフルストーリー『flat』や『ばらかもん』『キミにともだちができるまで。』が好きな人には特におすすめ。

 

世界平和に一番近いところ――なんでもないのに、ふたりならではな恋人たちの日常『眠くなる前に話したいことがあと3つあって』

昔と違って今は、雑誌に連載されればほとんどの漫画が単行本となって発売されるから、本になって嬉しい、という感覚はとても新鮮だった。出版社を通していない、バーコードのない本。迷わず通販サイトに飛んで、注文フォームを埋めていた、そんな、ずっとファンだったWeb連載漫画を紹介する。

はしゃさん( @hasya31 )という方が描いた、とある実際の恋人たちを原案にしたなんてことのない日常。『眠くなる前に話したいことがあと3つあって』。

f:id:le_beaujapon:20160517003524j:plain

本当になんでもないシーンなのに、この「毎日」は、とんでもなく特別だ。恋人だったり友達だったり家族だったり、もちろん人間関係の織りなす時間は誰にとってもかけがえのないものだけど、その意味以上に、このふたりの時間は特別素敵。

絶対ちょっと変だし、不思議だし、個性的で、おかしくって面白いけど、ほっこりして、時々ほんのちょっぴりだけ切ない。どの言葉もひとつを選んでしまうとアンバランスでキャッチコピーにならない。なんでもないのに、ふたりならでは。恋人って、どの組み合わせも同じにはならないのだけど、このふたりは、この掛け合わせだからこそ、ふたりが手をつなぐからこそ、生まれる言葉や空白の時間があって、それが本当に本当に、最高だ。なかなかこの会話には辿り着けないことが、少し覗き見るとすぐに分かる。

http://nemurumae.tumblr.com/post/134986905832/2230-2013年4月30日
http://nemurumae.tumblr.com/post/130337008597/820-2013年4月23日

 

ふたりは、歯を磨くことも、朝起きることも、料理をすることも、でかけることも、だらだらすることも、全部ことば遊びをするように、楽しく、かわいく過ごす。この「恋人さん」のセンスと謎の女子力の高さが大きな鍵に見えるのだけど、彼と一緒にいる彼女もその掛け合いに応戦している。

http://nemurumae.tumblr.com/post/127792387452/2022-2013年8月25日

 

もしかしたら、仲良しのカップルの話なんて読んでいられるか! という人もいるかもしれないけれど、この漫画は嫉妬や羨望みたいなものはぴょーんと飛び越えて、こっちの脇腹をくすぐってくるみたいにふわっと距離を詰めてくる。突然道端でこの「恋人さん」に飴玉をもらったみたいな、「そりゃどうしたって機嫌良くなっちゃうよ!」っていう感じのパワーがある。今日がいい日になってしまう。きっと世界平和に一番近いところに、恋人たちはいるんだと思う。

 

漫画担当のはしゃさんが作り出す景色や空気も、このふたりの彩りになっている。木々や、風や、日差しや、街を歩く人の声。1編ずつ違うコマ割りと切り取りの緻密さが好きだ。

http://nemurumae.tumblr.com/post/124320083612/1916-2013年2月6日
http://nemurumae.tumblr.com/post/132660579192/1448-2014年11月2日

 

単行本はこちらのストアでも購入できるほか、一部書店でも委託販売が行われている。

hasya.booth.pm

 

多分これからはもっともっと、Web上で面白い作品に出会える時代になっていく。でも、アップされたものはいつ消えてしまうかわからなかったりして、作者さんに還元する方法もあまりなかったりして、だからこそ、こうして本になったり電子書籍になったりして、購入できるってことの嬉しさを改めて感じられる気がする。
ちなみにこの作品は、Tumblr等で読める部分以外にも40p以上の描き下ろしが追加されている上、ひとつひとつにタイトルがつけられていて、デザインも素敵に組まれている。ファンにとっては嬉しすぎる。

これからもこんな素敵な時間が続きますように。できることならそれをまた、ディティールまで惚れ惚れとしてしまうはしゃさんの漫画で読みたい。

好きなものにお金を払える幸福のために働いている(KAT-TUN「10Ks!」を買ったよ)

わたしなんかが書かなくても愛も名文も溢れているので、実はKAT-TUNについて書く気はあまりなかったのだけれど、どんなものも後から自分の考えていたことを知れるのは貴重だということを思い出したので、少しだけ書いておく。

KAT-TUN 10TH ANNIVERSARY LIVE TOUR “10Ks!” 会場限定 公式グッズ パンフレット

 

KAT-TUNを好きになる日がくるとはこの10年の前半は全く想像もしていなかった。むしろ好きになるまでわたしの中のKAT-TUNは、「知っているけれど好きとは思っていない人」ではなくて、「知らない人」だった。デビューのときの渋谷のスクランブル交差点に大きく貼られたReal Faceの広告はよく覚えていて、高校生で優等生だったわたしは「ひえ〜〜!」と思った。ジャニーズってこういう人たちもいるんだ!怖すぎる!!

でも、唯一親近感を感じたのはそのデビュー曲で、スガシカオで音楽を聴くようになってスガシカオで育ったわたしにとって、「夜空ノムコウ」や「ココニイルコト」なんかに続くジャニーズへの提供曲で、これがかっこよくて、怖いお兄さんたちにはあまり興味はなかったけど(むしろ不良には近づいてはいけないという認識だった)、この曲はかっこいいと思った記憶がある。

そのくらいの認識のわたしでも亀梨さんのことはさすがに知っていて、なのでこの時点でのわたしのKAT-TUNの認識は、「亀梨さんと怖いお兄さんたち」だった。

 

他のメンバーへの認識はどうだったかというと、奇しくも名前を知っていたのは赤西さんと田中さんだった。辞めるときにニュースになるし、色々な噂があったし、あまりジャニーズらしくないように見えるな〜と思って印象に残っていた。そこで止まっていたので、4人になった時点(?)くらいでも、わたしの認識は「亀梨さんと怖いお兄さんたち」だった。

その状態で、初めて自分で特定のひとりを認識することになる。それがドラマ『ファースト・クラス』で見た中丸さんだった。ファッション誌、出版関連のドラマということで、おまけに名前をなくした女神的ダークさということで、見逃すわけにはいかないと見始めて気に入ったドラマだった。そこで、どんどん強さを増していく沢尻さんと対比されるように、寄り添うように、不思議な距離感の優しい雰囲気のお兄さんが出てきた。役柄の問題もあるけどやわらかーい雰囲気で、この柔らかさはこの人の成分として滲み出てないと出せないだろうな、妙なまじめさというか、と思って気になってしまった。そこでエンドロールを見たら、まさかの「KAT-TUN」だったのだ。KAT-TUN。この人は亀梨さんではないので、必然的に「怖いお兄さんたち」の中の人であるはずなのだけど、とてもそうは見えなかった。「KAT-TUNに、こんな人いたんだ……!?」というのが、わたしが中丸さんを好きになったギャップだったと思う。

 

中丸さんいいな、が「KAT-TUN好きだ」に変わったのは、この10年の歴史からしたら遅すぎて言いづらいくらいだけれど、去年のライブ「9uarter」だった。ライブの魅力については多くの人が書いているから割愛するけれど、とにかくその演出の豪華さと緻密さと大胆さと物語性に一気にハマった。衣装や演出に「和」みたいなテーマがあるのもときめいた。

まったく予習せずに行ったので、「Real Face」と「In Fact」と「KISS KISS KISS」以外はほぼ知らない曲だったけれど、それでも飽きることなく苦なく全部聞けて楽しめるのがすごかった。ここで妙に、ああ、そりゃあスガさんの曲でデビューしたんだもんなあ、と納得したのを覚えている。ロックで、ダークで、かっこよくて、リズムの刻みがはっきりしているタイプの曲はわたしの好みで、ジャニーズがどうとか顔がとかスタイルがとかの前に、聞いていなかったのが悔しくなるくらい好きな曲のスタイルだった。その曲たちひとつひとつを4人が演出や表現や表情で魅せてくるのだ。ライブに行って完敗だハマるしかないと思ったのはPerfume以来だった。

 

今回のツアーは、東京の30日に参加した。ライブはやっぱり最高で、これまでは2回目3回目で慣れてくると最初の感動が薄れてくるパターンもあったけど、KAT-TUNはまったく薄れず、やっぱり好きだ、と思った。3人になっても足りなく感じたりしなかった。中丸さんのMCとか言葉遣いのセンスが本当に好きで、飄々としながらひねったり毒舌吐いたり、ずっと丁寧語だったり、どの場面も好きだった。

翌日の1日は、今日最終日なんだなあ、みんなどんな感じかなぁと思ったら寂しくて、朝普通にシューイチに出る中丸さんを見て、その日は妙にそわそわして、ずっと9uarterのDVDを見ていた。ライブを見たのはたった2回で、10年の最後のほうしか知らないけれど寂しくて、わ〜ほんとに好きになったんだなあ、と思った。

「自分がジャニーズを好きになる」ってことはすごく意外だったけど、これまで読んできたものとか聞いてきたものとかを振り返れば「KAT-TUNを好きになった」ってことはむしろすごくしっくりきて、それが嬉しかった。それで、うん、やっぱり買おう、と決意して、ベストアルバムの「10Ks!」を買った。CDって、この時代だとレンタルで安く聞けちゃうけれど、彼らの活動に1人分でも参加したいなぁと思った。普段節約してでもここには絶対お金を使う!って思えることは、そしてその対象がいてくれるってことは、ほんとに幸福だなあと思う。音楽ではPerfumeチャットモンチーKAT-TUNがわたしにとっての対象で、きっと販売数とか動員数とか数がものを言うこともあるはずだから、これからも応援したい。それでこそ働く意味があるというものだ!!

 

とりあえず、亀梨さんの「PとJK」が発表されたし、この充電期間の間にもメンバーをたくさん見られますように。中丸さんにもまた演技してほしいし、ずばっと言うところとか変なところでこだわりが強くて面倒臭いところとか職人気質なところとかが好きなので、いっぱいいろんなところで見たい。続報を楽しみに待ちます。

 

トピック「KAT-TUN」に寄せて。